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あまりにも物騒な単語が出てきて、恭太は思わず後ずさる。
軽口を叩くように言っているのでからかわれているのだと思ったが、いつまで待っても女性の口から否定の言葉が出てくることはなかった。
「冗談、ですよね?」
尋ねずにはいられなかった。けれど、彼女は笑ったまま何も言わない。
嫌な沈黙の中で、彼女の足元の影が蠢いた気がした。その直後、静寂の中で、ずり、っと地面を這うような音が、はっきりと聞こえた。
「その子を渡して貰えるかしら。一緒にいても、ろくな目に遭わないわよ」
ずり、ずり、と音が近づいてくる。それは目の前の女性の足元から発せられていて、それも一つじゃない。複数いる。
「さあ、早く──」
恭太は慎吾の手を掴み、踵を返して駆け出した。とにかく逃げなければと思った。明らかにあれはまともじゃない。何かは分からないが確実にヤバイ存在だと直感した。
慎吾の手を引き、公園から飛び出して左に曲がった。ひとまず家に帰って隠れよう。外にいるよりは絶対マシなはずだ。
そう考えながら角を右に曲がり、子供を拾った道路をひた走る。
この先の突き当りを右に曲がっれば自宅だ。後ろから追いかけてくる気配はない。大丈夫、このまま逃げ切れる。
そう思っていたのだが、走っても走っても道の終わりに辿り着かない。息が切れるほど走っても結果は同じだった。それどころか、道路は延々と真っすぐに伸びている。
「どうなってんだよ……」
足を止めて呟いた。
道を間違えたのかと思った。けれど、この近くに向こう側が霞むほどに長い一本道はなかったはずだ。そもそも日本の住宅地にそんな長い道が存在するはずもない。
「いいぃ……ああぁ……」
少し後ろを付いてくる慎吾が苦しそうに呻き声をあげる。強引に引っ張ってしまったので体のどこかを痛めたのかもしれない。だけど今の恭太に子供を気遣う余裕はどこにもなかった。
振り返ってみるが、さっきの女性の姿はない。しかし後方も道が延々と伸びていた。
前に進むしかない。戻ってもさっきの女性と行き当たるだけだ。
そう思って歩き出そうと前に向き直った瞬間、「ひっ」と恭太の口から悲鳴が漏れた。
さっきまで人のいなかった場所に、あの女性が立っていた。
「い、いつの間に……!」
「この辺、抜け道が多いのよ。知ってた?」
ふふ、と不敵な笑みを浮かべながら言う彼女は、とても不気味に見えた。
今回は全身がはっきりと見えるが、さっき暗闇で感じたヤバさは無い。もちろん、足元を這う謎の存在も──
けれど、得体の知れなさは取り払われていなかった。
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