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夕日で真っ赤に染まった住宅街を、椎名佐久間は途方もなく歩いていた。
かれこれ一時間以上になるだろうか、行けども行けども見覚えのある場所に出ない。
帰りに近道をしようとして、いつもとは違う道を選んだのがいけなかった。
大学に通うにあたって一人暮らしを始めてから数ヶ月、新しい街に来て少し慣れたと思ってちょっとルートを変えてみたら全く道が分からなくなってしまった。
絶望的な方向音痴さにショックを受けたのは、もう何十分前になるだろうか。
恐らく公園を通ったのかいけなかったのだろう。方角的に近道になると踏んでいたが、その判断が間違いだった。
スマホは充電が切れてしまったのか、うんともすんとも言わなくなった。もうすでにお手上げ状態だ。
コンビニか、最悪の場合は交番で大学の場所さえ聞き出せればすぐにでも帰宅できるのだが、それらも見当たらなかった。
道行く人に訊ねようにも迷ったことに気付いてから一度も人とすれ違っていない。
そして、さっきから一つ気になる事があった。
ファーン、だかパーン、だかよく分からないが遠くの方でクラクションが断続的に鳴っている。
初めは車の防犯装置の誤作動かと思ったが、それにしては音が途切れてから再度鳴るまでの間隔が長い。それに一定ではなく不規則だ。
音の発生源は遠いのか近いのかわからない。反響しすぎてどの方角から聞こえてくるのか判然としないのだ。まる四方八方から聞こえているような、そんな感覚に陥る。
そろそろ本気で疲れてきた。耳を突くクラクションの音も腹立たしい物に思えてくる。周囲の住民は苦情を言わないのだろうか。
何かがおかしい、とは思いながらも何度目かの角を曲がると前方に人影を発見した。
助かった。これで道を聞くことが出来る。
急ぎ足でその人影に近づいた。背中を向けているが、短めのポニーテールと制服のスカートから女の子だと分かる。
向こうもこちらの気配を感じ取ったのか、女の子は振り返った。
「あれ、こんにちは」
女の子は驚いた表情を見せた後、にこりと微笑み挨拶してくる。
「あ、どうも。こんにちは」
反射的に挨拶し返すと女の子はポニーテールを揺らしながら、テテテッと駆け寄ってきた。椎名が立ち止まると、彼女も目の前で立ち止まる。
背は椎名よりも一回り小さい。
大きな瞳に垂れ目がちな目元は人当たりの良い、可愛らしい印象を受ける。瑞々しく茶色っぽい瞳は、真っすぐに椎名に向けられていた。
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