夕暮れの街

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 よく見てみると彼女の着ている制服はこの近くにある睦月(むつき)高校の物だった。  黒のブレザーに、黒っぽいグレーのスカートは大学に行く途中で何度か目にしていたので見覚えがあった。  ならばこの辺りの地理には詳しいはずだと分かって安堵する。道を尋ねて「わかりません」が一番困る。  女の子は尚も椎名(しいな)興味(きょうみ)津々(しんしん)と言った様子で、全身を見回していた。 「えっと、何か?」  あまりに不躾(ぶしつけ)な視線を向けてくるので身だしなみにおかしな所があるのかと不安になる。相手が可愛らしいからなおさらだ。  独り、ドギマギする椎名を他所(よそ)に、女の子はひとしきり観察し終えた後で小首を傾げた。 「あなた、どうしてここにいるの?」  一瞬、質問の意味が分からず言葉に詰まる。  どうして、と言われても目的があってここにいるわけではない。 「いや、ちょっと道に迷っちゃったみたいで。 如月(きさらぎ)大学の場所、分かります? どっちに行けばいいのか教えてもらえませんか」  年下なのは目に見えて明らかだが初対面の礼儀として最低限の敬語で問いかける。女の子はどこか納得したように頷くと、朗らかに笑った。 「ああ! 迷い込んじゃったんだ。通りで」  また意味のわからない返答に思わず眉を潜める。確かに迷ってはいるが、言い方が少し引っかかった。  しかし、彼女はこちらの不審(ふしん)など気にもとめず、いきなり椎名の右手を掴んで歩き始めた。 「え、ちょっと?」 「私、乾紡(いぬいつむぎ)。あなたは?」  唐突な行動と自己紹介に面食らうが、椎名は大人しく手を引かれながら、 「椎名(しいな)佐久間(さくま)」と答えた。 「佐久間くん。出口まで案内するから、付いて来て。早くしないと追いつかれちゃうから」 「追いつかれる? って、何に」 「これ」  (いぬい)が答えた直後、再びクラクションが鳴り響いた。尚もどこから聞こえるかは不明だが、さっきよりも音が大きくなっている。 「かなり近いね。急ごう」  有無(うむ)を言わさず椎名の手を引く乾。 「待ってくれ、状況がさっぱりだ。もう少し詳しく──」  椎名の問いかけが終わらない内に、道の角を飛び出した乾は、ドンッという鈍い音と共に姿を消した。  一瞬の出来事に「えっ」と声が漏れる。  視界には黒い塊しか映っおらず、それがタクシーだと認識するまでに数秒が必要だった。その間に意識の外からドシャリ、と嫌な音が視界の外から耳に届いた。  ()かれたと脳が理解し、慌てて乾の元へと駆け出した。道の真ん中には無残な姿に変わり果てた少女の体が横たわっている。 「お、おい! 大丈夫か!」  彼女に近づこうとして、立ち尽くす。右足は歪に曲がり、体の左側は地面と(こす)れたのか血塗(ちまみ)れになっていた。  口からも血が流れ出していて、椎名は少し離れた場所から「乾、さん……?」と呼びかけることしかできなかった。  椎名の声に、乾の反応はない。  救急車を呼ぼうと、震える手でスマホを取り出して、充電が切れていることを思い出す。  運転手に頼もうと思って振り返り、言葉を失った。
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