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繭から羽化するように車体から飛び出したソレは、イヌ科特有の細長い顔を空に向けて這い出ようともがいている。
しかし脱出することが出来ないまま、車は電柱に衝突し、激しい音を立てて停車した。
その衝撃で上に乗っていたナニかは路上へと放り出され、車体の向こう側に行ってしまい姿は見えなくなった。
巻き起こった喧騒が過ぎ去り、辺りは打って変わって静寂に包まれる。
しばらく呆然とした後、乾がタクシーに乗せられていたことを思い出し、椎名は急いで駆け出した。
タクシーは見るも無残な姿になっていた。車内を確認しようとしたが、それよりも先に路上の真ん中で乾が倒れているのを発見する。
さっきの獣の姿はどこにも見当たらない。逃げたのか、近くに潜んでいるのか。警戒しながら乾の元へと駆け寄った。
全身がボロボロになった乾は、椎名が近寄ると呻きながら目を開いた。そうして虚ろな瞳を椎名に向ける。
「あはは……しっぱい、しちゃった。いきなり、つっこんで、くるんだもん」
「喋るな! とにかく救急車、病院に」
パニック寸前の頭をなんとか落ち着かせながら、スマホを取り出してすぐに戻す。
「誰かいませんか! 助けてください、事故です! 女の子が車に轢かれて──」
周りに呼びかけても反応はなかった。路上にも、すぐ横にある家々からも人が出てくる気配はない。
夕焼けで赤く染まったアスファルトに、乾を中心として黒い水たまりが広がっていく。
「待ってろ、今、なんとかするから……」
助けが来ないなら連れていくしかない。この状態の人間を動かすのはどうかと思ったが、そんな悠長なことを言っている暇はなかった。
意を決して乾の体を抱き上げようと椎名は手を伸ばしたが、手が触れる前に彼女はむくりと起き上がる。
「お、おい、動くなって!」
「でも、はやく、ここからでないと」
上半身をねじり、両手を地面に着いて立ち上がろうとする乾の体がぐらりと傾いた。とっさに椎名は彼女の体を受け止めて支える。
「無理すんなって。俺が背負うから、じっとしてろ」
「え、でも、よごれ──」
何か言おうとする乾の言葉を遮って、椎名は彼女を背負い上げた。ぐしょりとした、気持ち悪い感触が背中から伝わってくるが、そんなことを気にしている余裕はない。
小柄な割に、ずしりとした体重がのしかかり足元がふらつく。
「おもいでしょ、じぶんで、あるくから」
「これくらい大丈夫だから。それより道、知ってるんだろ。案内してくれ」
椎名が指示を仰いで、ようやく乾はぼそぼそと小さな声で案内を始めた。
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