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松本は頷き、挨拶を続ける。
「勿論、悪いのは学業を怠った私です。しかし、精神的に未熟だった私は最初は怒りを覚えました。どうして単位がもらえないのだと。怒りの矛先は自分にも向きました。どうしてごはんを炊く工程を入れなかった?と。どうしてあんな初歩的なミスをしたんだ?と。ところが、その気持ちは時を追うごとに徐々に変わっていったのです」
松本はそう言うと、人差し指を立てた。
「今もそうだと思うんですけど、船山先生の民法って履修者がかなり多かったんですよ。何百人単位で毎年いたと思います。その中で全員のレポートをしっかり返却するってなかなかできませんよね?しかもさっき先生がおっしゃったコメント、レポートにきちんと赤字で書いて返却してくれていたんですよ」
松本はそう言うと、懐からA4の紙を取り出し、広げた。
「ここにこう書いてあります。ご飯を炊き忘れているので、これはカレーライスとは言えません。来年また頑張ってください」
松本はそこに書かれていた赤文字をそのまま読み上げた。講堂内には再び笑いが湧き起こった。
「返事が来たことも驚きましたが、こんな返しが来るなんて思っても見なかったわけです。そこで私は思ったんですね。もしかしたら船山先生は実は面白い先生なんじゃないか?って。それと同時に、大学の授業なんて一方的でかつ無味乾燥なものだとずっと思っていたんですが、授業をしっかりと聴いたり、色々とお話をしたりしてみたら実は面白いんじゃないか?とも思い始めました。それで2年生に進級してからは毎回欠かさず船山先生の授業に出るようになったんです。予習もするようになりました」
船山はどこか遠い目をしながら松本の話に耳を傾けていた。ところどころ皺の寄った目もとはとても優しい光を放っている。
「先生の授業は、とても新鮮でした。先生は第一回目の授業、先程先生も仰られていた民法を学ぶ意義についての講義をされた日、最後にこう仰られました。『六法全書は、必ず君たちの武器になる』と。そのとき、もしかしてだいぶ深い話をして下さるのかな?と思ったわけです」
船山のやり口を知っている学生は、この話が出た時点ですでに顔が綻んでいるようだ。
「ところが、その後に続いたのは検察官の取り調べ中に六法全書を何冊も何冊も事務官目がけて投げつけて、公務執行妨害の現行犯で逮捕された被疑者の話でした。武器になるという話でしたが、どちらかというと凶器になるというお話でした」
学生達がクスクスと笑いを噛み殺す声を聴きながら、船山はバツが悪そうな面持ちをしていた。
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