はなむけ

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はなむけ

「しかし、それから1年間の授業で先生は民法という科目を通して大事なことを教えてくださいました。授業で取り扱う民法の事案は、全部とは言いませんがほとんどが食うか食われるかの関係にある人達同士の紛争についてです。その中で、どちらの主張を通すべきなのか。法体系全体の視点、両者の視点、その他様々な視点から考えてバランス感覚を持って判断しないといけない。この多角的な視点というものは、船山先生の民法の授業を経てより強く意識するようになりました。もっと民法を知りたい。もっと船山先生の授業を受けてみたい。私は3年生になったとき、船山先生のゼミの門を叩いていました。それから2年間お世話になった船山ゼミは本当に楽しくて、民法をさらに深く知れたことだけでなく、多くの友人ができました。船山先生の人柄もあってか優秀な同期や頼り甲斐のある先輩達、そして人柄の良い後輩達に囲まれ、とても充実した学生生活を送ることができました。これらの経験は社会人となり、そしてフリーのジャーナリストとなった今でも血肉となって生きています」  松本はこう語りながら、船山ゼミに属していた2年間のことを思い出していた。初めてのプレゼン、先生と囲む飲み会の席、山奥のペンションで行った夏合宿。そして、テレビ局の内定を貰ったときに心の底から喜んでくれたこと……。船山先生が去ることで、青島学院大学のひとつの時代が終わるーー松本はそんな想いを噛み締めながら、一言一句丁寧に言葉を紡いでいく。 「ごはんの炊き忘れから始まったなんとも奇妙なご縁ではありました。ですが船山ゼミに入ったからこそ私は多方面からものごとを見つめ、報道すべき真実を伝えるという姿勢を持ち続けることができたものと思っています。本当に、本当に40年間お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」  松本が深く頭を下げたところで、割れんばかりの拍手が講堂の中を埋め尽くした。
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