魔導士、庭師になる

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

魔導士、庭師になる

「ねぇ覚えてる?」の問いに即答した。「畑違いです」 だってベテラン魔導士ルカが魔女学校を卒業したのは十年も前だ。そして栽培の術は専門外だ。 確かに保育士過程で花壇づくりは実習した。植物の世話は王家子女の情操教育に良いというからカリキュラムに組み込まれているだけだ。ルカは単位のために勉強した。 ガルシア伯爵が冒険者組合に魔導庭師の派遣を頼みギルドマスターが頭を抱えた。そしてルカにお鉢が回ってきた。「ですから畑違いです」 ルカはもう一度ギルマスに断った。「ガルシア伯爵様は大口のお客様だぞ」 「ギルドの経営なんか知ったことではありません。庭師は私の専門外です」 ルカはにべもない。「国王の願いでもかね?」 「背けば火刑にするとおっしゃるのであれば」 ギルマスは申し訳なさそうにうなづいた。ガルシア伯爵領は魔女に好意的だ。それに彼は国王の懇意だ。 「荘園と立派な屋敷を現物前払いすると伯爵も申された」 そこまでして維持したい庭とは何なのだ。 彼女は気乗りしないが興味に負けてしまった。 伯爵令嬢と王族の末嫡子が新居づくりに忙しくなかなか庭まで手が回らないという。権威に関わるだけに失敗や後悔は避けたい。 「そういうことですか」 ルカは吐息した。 しかし今後は住宅の外構や庭の成功者として仕事が舞い込むのだ。 熟考してギルマスにパーティの編成を依頼した。 その晩に彼は重たい書架を翼竜の脚に吊るしてやってきた。 「しくじった先達たちの貴重な文献だ」 ルカは仰け反った。 「よくもこれだけ集めましたね。庭の失敗例から何がどう変わるんですか?」 「屋敷の設計図を探れば有用性がすぐわかるよ。ただね、ちょっと面倒だな」 ルカは書物を紐解いた。ガレス王太子はこだわり派なのだ。屋敷も庭も広い。 「そんなに難しいことはありませんね」 花壇も庭園も魔導的な基本は同じだ。高スキル人材の確保がネックになる。 「そうだね。ただ、今私が担当しているパーティーに魔導庭師なんかいないから、君の指導役にも誰かいないのかな」 「そうらしいですね」 パーティーはまだ到着していない。ルカを入れて六人が参加予定である。 彼らに必要な資格が与えられた。 ギルドが関わっている庭園では基本的に女中が管理をする。 帰属の荘園に入るには「冒険庭師用」という資格が必要だ。冒険者として依頼をこなすたびに新しい資格が与えられるのだった。その一人が新参のアナだ。 「そう言えばねーー」 彼女は話に割り込んだ。 「ーーあの貴族の娘さんよ。前から何とかなってなくてさ」 「アゼル男爵のお抱え?」 ロゼと言ったか。男勝りだ。豪胆な剪定で物議をかもしている。 ルカは眉をひそめた、そこはどうかなと思う。力仕事できる女は戦力だ。 その娘が優秀だったという理由であれ、ルカと同年代の女性が優秀な庭師資格を持つことは珍しいことではない。 「私の知り合いでねえ、パーティーにね。それで結構な有名人でね。そのパーティーに参加したのはねーー」 「そう…ですか」 ルカはしぶしぶうなずいた。 「それでーー」彼女がまた会話に割り込んでくる。 「優秀な庭師を持ちたがっているんでしょうーー」 「ああー」ルカはうなずいた。ロゼを売り込んでいるのだ。 「間に合ってます。まあ、庭師は女性の方が適任だと思いますけどね」 令嬢の庭は男子禁制だ。それなりの家の庭師がいなくなったのなら、家の庭園は荒れる。誰かがアゼルの敷地に立つ必要があるだろう。ロゼは何をやらかしたのか。 「そうですか…あ、もし、よかったら、そのパーティーの話を出してもらえないかな」 アナはしゃがみこんだ。なにかを期待しているようだった。 ルカは何も言わずに椅子をすすめた。 「なにを話されますか」 「私たちに庭師としての力はあるのかなと」 「庭園の仕事は力より愛情です」 「うーー、わからないですね」 ルカは「いや、ちょっと話をしてみようか」と誘って、彼女を連れ出した。ルカはつかれたような顔つきの彼女を連れて、中庭のテーブルについた。 そこに面接希望者がいた。 ルカは「とりあえず、話してくれる?」と言い出した。彼女はそれに「ありがとうございます」と答えた。 「…あのね、僕、パーティーに参加したいんだ。庭師兼パーティーの管理人みたいにね」 元吟遊詩人のリサは五分刈りに近い頭に半ズボンまがいのミニスカート。前衛で加持詠唱をしていたが喉を傷めたという。 「庭師は体力勝負ですよ。ましてやリーダー格は大声が」 ルカはきっぱりと言った。 「それならなんか、手伝えないのかなあ」 「えっと…」ルカは考え込んだ。 「それなら、貴女が庭師の進行を管理すればいいじゃない」 「でも、僕そんなの…」 「いいから!」 ルカは強引に任命した。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!