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「せん、ぱい……。覚えて、ますか?」
ノルンはかすれた声で言った。顔を横に向けて明後日を見ていた。港からの風は生暖かく、血のにおいが鼻に付いた。
「おい、待てよ!」
セイゴはぐったりとしているノルンの頭を自分の胸に寄せた。銃弾で打ち抜かれた腹を白い布で押さえ、延命しようとした。
途端に鋭い銃撃音が前方に落ちた。続けてセイゴのこめかみ付近をかすめた。ノルンが履いていたズボンのポケットにあるベルー石を手に取り、左手で銃を構え、引き金を引いた。
セイゴを守るシールドが出現し、何発かの銃弾がはじかれた。その隙にノルンを起き上がらせようとした。
「セイゴ!はやく!!」
仲間の声が背後から飛ぶ。
セイゴは両手で持ち上げようとしたが、脱力した身体は思いの外、重く、手こずっていた。シールドの持続時間はもって二分。敵は先程より増えて、分が悪くなった。
「早く!乗れ!」
機械音が地面を震わせた。仲間が逃走の準備をする。
「ノルンは置いていけ!」
セイゴは悔しさを滲ませながら、銃を置いた。一瞬、振り向いて仲間の愛機との距離を測り、相手に背を向けた。
乗降口に滑り込んだ瞬間、シールドの効果が切れ銃弾がセイゴを襲った。すばやくドアを閉め、席に着いた。機体が浮いて、その場から離れた。
「とりあえず、この港町から出よう」
仲間のホワイト・ラムは飛ばした。
ホワイトの愛機、B-521-FAは子供の頃好きだった鳥がモチーフの小型機である。全体は黒色で塗られていて、翼の付け根部分は白い。ホワイトはいつも「BFA」と略して呼んでいた。
「もう仕方ない。あれは助けられない」
セイゴの心情を察し、ホワイトは慰めた。
「……判っているが」
セイゴは諦めきれない感情が渦巻いて、機体を蹴った。
ホワイトはレーダーを見て、後方から追手が来ないことを確認すると、機体を北の方角へ軌道修正した。
敵との攻防で機体が損傷し、かつ、燃料のメーターも半分以下を示していたので、長く飛行することは望めない。ホワイトはなるべく遠くへ走らせた。
夕日が顔を出していた。陽光が水面に反射し、ゆらゆらと揺れ動く。それを魚群が飛び越えるように泳いでいた。
レンガ造りの家々が西日によって浮かび上がり、港町全体が明るい色彩を帯びた。
「覚えて、ますか?」
――もちろん、覚えている。
セイゴは唇を嚙み締めた。
十年前。ノルンとは酒場で出会った。その場で意気投合し、近くの広場で飲み直す話になり、一緒に歩いた。ノルンは途中のダイダブリッジで足を止めた。絶望していた若者の背中はあまりにも小さく見えた。
セイゴが酒場でノルンに声を掛けたのは若者が一人で飲んでいたからではない。隅っこに座っていたからでもない。彼が何もかも投げ出したような表情をしていたからだ。
セイゴはノルンの背に向かってこう言った。
「仲間に入らないか?」
ノルンは静かに首を縦に振った。
セイゴは忘れる訳なかった。糸が切れるように感情を爆発させ、号泣していたから。あの時もこのような夕方の時間帯だった。
機内は無言が続いていた。機体は空を真っ二つにするように猛然と飛行していた。
ホワイトは操作しながら、地図を広げ、現在地と目的地を探していた。地図を示す機器が故障していたため、苦戦していた。
「もう少しでこの港町は抜ける」
ホワイトは地図を指さして、後数分だと付け加えた。
追手から逃走して三十分経過していた。緊張の高まりが頂点に達しようとしたとき、ホワイトに異変が起きた。頭を掻きむしり、譫言を並べ始めた。機体を操る手が震え、拳でハンドルを叩く。
「おい、ホワイト!だいじょうぶか!!」
セイゴはホワイトの肩をつかんで揺らした。何かに飲み込まれそうになるのを必死で押さえた。
「…………くそ、はぁ、はぁ」
手の震えが収まり、セイゴの問いかけに応じた。
「……まだ、治ってないのか?」
「……これでも良くなったほうなんだ」
ホワイトは操縦に向き直した。
セイゴは昔、ホワイトから故郷の話を聞かされたことがあった。あまりにも悲惨な出来事だった。
ホワイトの故郷、シャン地方のサガ地区は爆撃に襲われた。
テロ組織「IM」は声明を出した。
――ある地域に四次元爆弾を投下する
「IM」の声明は人類を震撼させた。四次元爆弾の生成に成功したというのだ。当時いや現在でもそのような代物を創り出すことは技術的に不可能だと考えられていた。人類の歴史を強制的に加速させてしまった。
爆弾の標的となったのはシャン地方だった。ホワイトは当時五歳だったが、鮮明に覚えていた。
昼過ぎ、空がパッと光った瞬間、地上にそれは落下した。サガ地区は爆風の中心地ということもあって、地区の住民は、ほぼ全員死亡した。ホワイトは偶然、近くのシェルターに身を隠したので、命は助かった。サガ地区は古くから戦争に巻き込まれてきた過去があったため、シェルターがあちこちに備えられていた。
宣言通り、シャン地方のみが犠牲になった。四次元爆弾はプログラムすれば自由に爆風範囲を設定可能である。実験と称した「IM」の試みは成功してしまった。
サガ地区を含むシャン地方の人間はその事件で後遺症が残った。普通の人間よりも、感覚が敏感になり、精神に負荷がかかると、狂乱して自害する者や仲間、家族を殺害する者が出てきた。治療法はなく、感情を抑える薬を飲むしか対応策はない。
「IM症候群」と名付けられたこの病気は現在も多くの人間を苦しめていた。ホワイトもその一人で、過去に恋人を惨殺したことがあった。セイゴはその話を聞いたとき、身震いが止まらなかった。そのような恐ろしいことが起きてたとは。公式に記録、証言が消されているため、この事件を知っている者は今は少ないという。
ホワイトは仲間に病気を見せまいとしていたため、セイゴは治ったと思っていた。
「……もしセイゴを殺そうとしたときは」
「全力で止める」
セイゴは最後の言葉を言わせなかった。
機体の燃料は三分の一以下を示し、景色はすでに山の緑になっていた。
「ここを抜けて、あの港町で着陸した方がいいな」
セイゴは提案した。
「整備屋のいる所か」
ホワイトは北西方向へ機体を動かし、ボタンを押して節約モードに切り替えた。
セイゴはポケットからベルー石を取り出し、見つめた。この手の中に収まってしまうような小さな石が争いを終結させる一手となる。
第五惑星「ニノ」は武器製造に必要な物質が無数に眠っており、数多の戦争の引き金を引いてきた。ベルー石を「ニノ」のある地点に置くと、惑星が消滅し、事実上の戦争の幕切れとなる。
何者かによって封印されていたベルー石をセイゴは掘り当てた。長いトンネルの先が明るいことに気が付けた。
だが、まだ油断してはいけない。自分に言い聞かせた。
燃料のランプが点滅し始めた所で、港町が見えた。桟橋が海面に伸びてその脇に数隻の船が停泊していた。その近くで釣りをしている老人の姿があった。
「よし、そろそろ」
機体が風を受けながら、徐々に港町に近づく。燃料メーターのランプの点滅が激しくなる。
「間に合うか……?」
セイゴはもしもの時のために身を構えた。
船着き場を越えて、噴水広場に着陸しようとホワイトは態勢を整えた。機械音を波立たせながら、地面に着陸した。二人は安堵した表情になって機体から降りた。
「とりあえず、まいたか?」
セイゴは上空を見上げた。ただの夕焼け空がそこにあった。
「これで、終わらせられる……」
ホワイトは長年戦ってきた相棒に手をついて、自分の人生を振り返るように呟いた。
「おい!生きてたか」
細身のシルエットが駆け寄った。
「ブルーか」
セイゴは眉を上げた。
「そっちは大丈夫だったか?」
ブルーは二人と熱く握手を交わした。「ノルンはどうした?」
「…………いない」
ホワイトは顔を反らした。
「……ん?」
「……ノルンは高みの見物をしてるよ」
セイゴはブルーの横を通り過ぎた。ポケットに手を突っ込み、感情を抑えた。
「……まさか」
「……そういうことだ」とホワイトはブルーの肩に手を置いた。
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