夕日の裏

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「あそこ、無人状態らしい」  翌朝、セイゴは宿屋のサリーに整備屋の居場所を尋ねた。あの場所にはいない旨を二人に告げた。 「じゃあ、どうするよ。直せなきゃ空に戻れない」  ホワイトは腕を組んだ。 「とりあえず、この町にいれば安全だから探そう」  セイゴは二人の先頭に立って歩きだした。  昨日までの疲労が抜けた訳ではないが、精神的にはいくらか落ち着いた。  そこへ、サリーが後ろから追いかけてきた。手に何か握られていた。 「これ、忘れ物」  ノルンが身に着けていたネックレスだった。セイゴはせめてこれだけは、と貰ってきたのだ。 「……ありがとう。大事なものだから」 「きれいね、それ」  セイゴは間をおいて「これ、ノルンの形見なんだ」 「…………え?」 「ノルンを忘れないでいてくれ」 「そんな…………」  サリーは口に手を当てた。そんな少女にホワイトは言った。 「あいつの分まで俺らは精一杯生きなくてはいけない。サリーもそうしてくれるか?」  サリーは黙って頷いた。 「泣かないでくれ。俺らだって我慢してるんだから」  セイゴはサリーの頭を撫でた。サリーは涙を拭きながら「うん、うん」と細い声で返事した。  その場に留まって少女が泣き止むのを待った。落ち着いたのか、先程よりはっきりした口調になった。 「ありがとう、教えてくれて。セイゴ、終わったらここに来て絶対」 「もちろん。ノルンと共に来るよ」  セイゴは少女に別れを告げ、整備屋を探しに噴水広場の方へ向かった。  BFAが朝日を浴びて輝いていた。ホワイトは機体を撫でた。その横でブルーが観察していた。 「確かに。これはひどいな」  左の翼の付け根に穴が空いていて、機体全体に弾丸の跡がついていた。内部のエンジンルームもやられていて、それゆえに燃料の減りが早かった。 「俺、向こうの方へ行ってみるわ」  ホワイトは建物に沿って奥の方へ走った。それを見たブルーはホワイトと逆方向の宿屋側へ走った。セイゴはこの港町に来たら、必ず寄るバーに向かった。  細長い建物と建物の間に足を踏み入れた。外界から隔離された暗い道を真っすぐ行くと、階段が現れた。下へ下へと続くその階段を降りていく。両側の壁は薄茶色で少年達が遊んで描いたような記号が残っていた。  懐かしさを感じると同時に時代の流れの残酷さも感じた。以前、来たときはこんな腐っていなかった。  階段には所々、鉢植えの破片が散乱していて、歩くたびに音が鳴った。  下っていくと、手書きの看板が見えた。その看板は真ん中で斜めに折れて、地面に置かれていた。外観はそれほど変化していなかった。木製のドアを開けて中に入った。 「あれ?誰もいない」  セイゴがバーカウンターに近付いた時、奥からバーテンダーが現れた。セイゴを見ると驚いて、カウンターから出てきた。 「セイゴ!久しぶりだな」  若干老いたが、眼光鋭い目は健在だった。 「いやー。良かった、ミルドさん」 「今日はどうした」 「整備屋を探してるんですけど……。どこにいるか知ってますか?」 「整備屋か……」  ミルドはフッと薄笑いをした。セイゴはミルドの視線の先にいる人物に焦点を合わせた。 「整備屋か!」  コの字型のバーカウンターの右端でひっそりと座っていた。急いで正面のバーチェアに腰を落とすと、頼み込んだ。 「緊急な、OK。弟子たちにもやらせるから」 「弟子がいるのか」 「まぁな」  整備屋はすっかり白くなった頭を掻いた。 「ミルドさん。じいさんと同じもの、お願いします」 「了解」  ミルドは酒棚付近の逆さにしてあったグラスを取ってカウンターに置いた。中に氷を数個入れ、水を注いだ。 「どうぞ」 「……あれ?これ冷水」 「同じものって言ったから」 「じいさん、どうした」  セイゴは笑みを浮かべながら、グラスに口をつけた。 「……孫が産まれるんだよ」 「へぇー。そうなんか。おめでとう」 「それで、今さら酒とタバコをやめるらしい」  ミルドが茶化した。 「本当、今さらですね」とセイゴは笑った。  ミルドとの談笑の中で、最近少年達が金を盗むためにいろんな場所を襲っては暴れていることが判った。路地裏が荒れていたのもそれが原因だった。物騒な町になったとミルドは嘆いた。 「そういえば、一人か?」 「いえ。ブルー、ホワイトもいます。整備屋を探すために向こうに行っちゃって」 「そういうことか」 「じいさん、なんであの場所にいないんだ?」  セイゴは残りの水を飲んだ。 「少年達が忍び込んだが、何も無かったから、火をつけたんだよ」 「そうか……。だから今は」 「別の場所へ移った。一からやり直ししてる最中だ」  整備屋はため息をついた。誰もいなかったことが幸いだったが、必要最低限の工具以外の物がもっていかれたりしたため、道具を集めることから始めなくてはいけなかった。場所も空き地を探すのに苦労した。そして、お客にこのことを伝えるため、一件、一件回った。そうやってようやく業務の再開の目処がついた。 「そんな時に、悪いな」 「特別だからな」  ミルドは整備屋のグラスにフルーツジュースを注いだ。酒をやめるというのは本気らしかった。 「二人もここに呼べばいい」 「あ、そうですね。ちょっと呼んできます」  突如、セイゴの耳の奥に動物の唸り声が響いた。思わず手で塞いだ。整備屋の怒号が頭を貫いた。顔を上げると、ミルドの姿がなかった。酒棚から瓶が消えていた。 「くそっ!」  動作を構えた瞬間、整備屋の額が打ち抜かれ、身体に銃弾が浴びせられた。セイゴは素早く態勢を整えた。入口に立っていた者を見て、驚愕した。 「ノルン……!」 「せんぱい、どうも」  セイゴは息をのんだ。銃を構える手が震える。ノルンの表情から悟った。ブルー、ホワイトは殺されている。 「……何をしている」 「石、返してもらいますよ」 「おい、聞いてるのか!?」  詰め寄るノルンにセイゴは引き金に手をかけた。 「……裏切ったのか?」 「さぁ?」  セイゴは十年前の出来事が脳裏に浮かんだ。あれは嘘だったのか。 「…………」 「ふざけん――」  セイゴは床から浮いた。視界が奪われていく。バーチェアに頭を打って、倒れた。  セイゴを見下ろすノルンの眉目端正な顔は皮肉にも悪人面としても似合っていた。  ノルンは床のベルー石を拾うと、入り口に待たせていた仲間に渡した。振り返ることなく、ドアを閉めた。
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