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「会食?」
「ああ、会食だ」
「会食ならふたりきりじゃないって事ですよね?」
そう言って女性が妖艶に笑むと、その人はまた困ったような視線をこちらに投げてきた。
思わず苦笑いを返してしまった私に女性は諦めたように「またお昼に来ます」と言うとデスクから書類を取り、こちらへ歩いてきて、すれ違い様に私の耳元で囁いた。
「言っておくけど、黒須課長は私のだから。
手、出さないでよね?」
ビクッとした私の鼻先に彼女の甘ったるい香水の芳香が強く掠めてウッとなる。恐る恐る女性の方に顔を向けるとばっちりと目が合った。すごく睨まれている。美人の眼力に身体が自然と強張った。怯えた私の反応が面白かったのか女性は肩を竦めておかしそうに笑むと扉を閉めて出て行ってしまった。
呆気にとられていたら、私達のやり取りの一部始終を見つめていたその人がやって来て、扉にがちゃりと鍵をかけた。
「という訳で、今日のランチに付き合ってくれ
ないかな、瀬早さん」
「は、はぁ?」
「頼む。奢る。高いのでも何でもばんばん頼め」
片目を瞑って手を合わせながら私を見下ろして来たこの背の高い彼こそがやはり、私の新しい上司、黒須蒼也だと知ることになったのはその後すぐのことだった。
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