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「この手紙のこと、覚えているかしら?」
電話越しの母はそう言って手紙を読み始めた。砂利道が続く静かな路地裏。一定のリズムを刻んでいた足音は突如として止まり、それから俺は呆然と立ち尽くした。
嘘だろ……?
こんなことって――。
話は数時間前に遡る。
平日の真昼間、俺は公園のベンチに座っていた。公園にはブランコ、シーソーなどの遊具がいくつかと割と大きな広場があるものの人の姿は見当たらない。それもそうだろう。季節は夏真っ盛り。連日記録的な猛暑日が続いているのだ。つまりこの炎天下に何の目的もなくじっととどまっている人間がいるとすればきっとそいつはどうかしている。
「――って自分か」
顎をつたった汗がぽたりとベージュの半ズボンを濡らした。
リストラされて今日で一週間が経つ。
就職を機に田舎から上京してきて丸十年。そんな記念すべき十周年イヤーに起きたまさかの悲劇。これを人生のどん底と言わずになんというのだろう。
すぐそばに立ってある木からセミのつんざくような声が鼓膜を刺激する。あぁ、セミでさえもこんなに必死で生きているというのに俺は……。
ゆっくり目を閉じるとこれまでの人生が走馬灯のように浮かんできた。
思えば俺の人生は一体なんだったのだろう。ただ大学へ行ってただ就職してただ働いて。それは自分の意志だと言われたらそうなのだろうけど、ほんとうのところ周りの人間がそうしていたから自分も同じようにそうしていただけのような気がする。なんの取り柄もないただただ平々凡々な自分。ネガティブでナイーブな性格だがプライドだけは人一倍高い自分。一人が好きで協調性が皆無なため友達も彼女もいない自分。それでも見よう見まねでみんなと同じようにしていさえすればそれとなく社会に溶け込めているような気がしていた。例えはたから見たら浮いていたとしても。
でもこうなってしまった今、社会に溶け込むどころか「邪魔だな」と疎まれ雑に摘ままれてゴミ箱にポイ捨てされる糸くずのようなものだ。
「はぁ……」
しかし身体が鉛のように重い。何もする気が起こらない。無気力とはまさにこのことを言うのだろう。無論このままでいいなんてさらさら思っていない。思ってはいないが一体何をどうすればよいのかさっぱりわからないのだ。
「良い仕事紹介しますよ」
うだるような暑さに意識が朦朧としているときだった。突然何者かの声が降ってきた。
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