ジンベイザメは人生のどん底に

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「……?」 顔を上げるとそこには幼い子どもの姿があった。歳は小学校低学年くらいだろうか。くりっとした大きな瞳に肩まで長さのある丸いフォルムの髪。よほどの洞察力の主でなければ一見すると男の子か女の子か判別できないほど中性的な容姿をしていた。 どういうことだ。こんな子どもが仕事を紹介するだと? 怪訝な顔を浮かべている俺に子どもはにっこり微笑んだ。 「といってもご安心ください。至って健全な仕事ですから」 幼い声とやけに大人っぽい口調。そのアンバランスな感じが何とも言えない不自然さを醸し出していた。 本当に仕事を……?いやいや、落ち着いてよく考えろ。こんなの子どものいたずらに決まっているじゃないか……。 「残念だが間に合っている」 俺は汗でずり落ちていた眼鏡を押し上げた。 「なにがですか」 「仕事だよ。あいにくこれから取引先と商談があってだな」 「なるほど。Tシャツと半ズボンで商談ですか。なるほど」 「なるほどを多用するんじゃない。なんかイラっとする」 「強がらなくていいんですよ。悪いようにはしませんから」 「あのな、大人をからかうのもいい加減にしろよ」 「からかうなんて滅相もない。そんな生産性のないことはしない主義なので」 「生産性なんて使う子どもは信用できない」 「あなたが信じてくれないからですよ」 「じゃあ聞くが、君が言う仕事というのは具体的にどんなものなんだ」 「仕事ではありません。良い仕事です」 「そんなものはどっちでもいい」 「よくありません。そこ重要なので」 「はいはいわかりましたよ、良い仕事な。ほら、教えてくれ」 「それは言えません」 「って言えんのかい」 「当たり前じゃないですか。そう簡単には言えませんよ」 「なんでだよ」 「そういう決まりだからです」 「はっ、そんなの無茶苦茶だ」 「えぇ、無茶苦茶ですよ」 「お、ここにきて開き直りか?」 おちょくるように言った俺の目を子どもはじっと見つめた。 「だって無茶苦茶なのが人生ってもんじゃないですか」 ん……? そのとき妙な感覚に陥った。
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