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素直になれない距離
“ねぇ、お兄ちゃん。 憶えてる? 小さい頃お兄ちゃんは『夏奈のことはいつも一番近くで見ているから何でも分かるよ』って、言ってくれたよね”
兄の秋真(シュウマ)がそう言ってくれたのは、夏奈(カナ)と秋真が幼稚園の時のことだった。
「お兄ちゃん・・・ッ! お兄ちゃん、待ってよぉ・・・!」
実の兄妹のため年齢も違えば所属する組も違う。 だというのに夏奈は同世代の友達そっちのけで、いつも秋真の背中を追っていた。 その日も秋真の姿を見つけるとすぐに追いかけ始めた。
しかし秋真は友達とボールで遊ぶことに夢中で夏奈の様子に気付いていない。
「・・・わぁッ!」
年齢も違うし性別も違えば身体能力にも差が出てくる。 走って追いかけていると派手に転んでしまった。
「痛く、ない・・・。 痛くない・・・ッ!」
兄の秋真は既に影も形も見えない。 膝を擦り剥き血が出てしまっているが、泣くのを我慢していた。 その時近くから嫌な声が聞こえてきた。
「あ! 夏奈が派手に転んでんぞッ!」
「本当だ! ダセーッ!」
幼稚園の同じ組の男の子が指を差して笑ってきている。 周りに集まり囃し立てるように騒いだ。
「うぅッ・・・」
馬鹿にされたことが悲しくて涙を堪え切れず泣いてしまった。
「やべッ!」
「泣ーかした、泣ーかした! せーんせいに、言ってやろッ!」
「お、お前だってどーざいだろッ!」
男の子二人は追いかけ合うようにどこかへ消えていった。 一人取り残された夏奈は走ってくる足音を聞く。
「うん・・・?」
後ろを見ると秋真がこちらへ向かって全力で向かってきていた。 慌てて涙を拭き立ち上がる。
「お兄ちゃん!」
血が流れていることも気にせず、秋真に向かって笑顔を見せた。 大好きな兄には心配をかけたくなかったのだ。
「・・・夏奈? 大丈夫か?」
秋真はすぐに夏奈の異変に気付いてくれた。 服が汚れ血も流し笑顔を浮かべていること自体がおかしいのだ。
「・・・え、どうして?」
「泣くの、我慢しているんじゃないのか?」
「・・・ッ、どうして、分かったの・・・?」
尋ねるとその時に言われたのだ。
「夏奈のことはいつも一番近くで見ているから何でも分かるよ」
「うぅッ・・・。 お兄ちゃぁんッ!」
思わず秋真に抱き着いて泣いた。
―――あの時は何もお礼を言えなかったけど、あの言葉は本当に凄く嬉しかったんだよ。
幼稚園の頃は互いにとても仲がよく、外を歩く時は手を繋いだり家で遊ぶ時は一緒だったりして、ずっと同じ時間を過ごしていた。 とても幸せだった。 だがこの関係は長くは続かなかったのだ。
「お兄ちゃん! 一緒にゲームをして遊ぼうよ!」
「遊ばねぇよ!」
互いに小学生になり、突然秋真は夏奈を突き放すようになった。
「え・・・。 どうして・・・?」
「俺は今から友達の家にゲームをしに行くんだ」
「じゃあ家に帰ってきてからでも!」
「だから遊ばねぇッ!」
「お兄ちゃん・・・」
秋真は怒るようにして家を出ていった。 何かしてしまったか考えてみるが結局何も思い当たらない。
細かいことの積み重ねと言えばそうなのかもしれないが、決定的に距離を置かれるようなことは何もしていなかった。
―――・・・はずだよね、お兄ちゃん。
―――それともずっと嫌々私に付き合ってくれていたのかな?
幼稚園の頃のように一緒に小学校へ登校しようとしたのだが、それも拒否された。
「お兄ちゃん待って!」
走って秋真に追い付き隣に並ぶ。 以前の日常を兄は受け入れてくれることはなかった。
「隣に並ぶの止めろよ」
「え、どうして・・・?」
「迷惑なんだ」
「私、迷惑なの・・・?」
「・・・あぁ。 お前と一緒にいるところを友達に見られたくない。 だから付いてくんなよ」
「・・・お兄ちゃん」
今思えば意地を張っているように思えた。 だが突然突き放してきた理由は未だに分かっていない。
―――それでも私は、お兄ちゃんのことが大好きだったんだよ。
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