無窮

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無窮

 前輪も後輪もパンクしています。後輪は特にひどくチューブがはみ出しています。なにを隠そうタイヤの虫ゴムを抜いたのは私です。自転車は家内の買い物用で購入してから十年になります。どうして虫ゴムを抜いたかというと家内に自転車に乗って欲しくない、それだけです。思いと言うか願いと言った方が正しいかもしれない。私の願いは半分叶ったのか、自転車に乗って漕いで出掛けることはなくなりました。それでも初めのうちは家から出てアスファルトで転ぶまで漕いでいましたが、毎日転ぶのでさすがに諦めたようです。ところが未練があるらしく押して出掛けるようになりました。 「どうせ乗れないなら持って行かない方がいいよ」 「あるんだからしょうがないでしょ」  これ以上説明しても理解してくれません。五年前にその兆候は表れていました。 「何を考えているの?」 「仕事に行かないといけない」  家内は教師を退職してもう二年が過ぎていました。 「仕事って何の?教師の集まりでもあるの?」 「子供達が待ってるでしょ」  私は同窓会に呼ばれているのだと思いました。 「聞いてなかった。送ろうか」  私は車で送ろうか考えました。 「いいわよ、自転車があるじゃない」  家内の最後に勤めた中学校は電車でも四十分は掛かります。自転車では行けない。私の心配を尻目に家内は玄関を出ました。四時間後に電話がありました。学校の警備員からでした。 「あの、吉川先生のご自宅で?ご主人様ですか?」 「ええ」
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