無窮

3/10
前へ
/10ページ
次へ
「ご主人、医者には行かれましたか?誰でもそうなんですよ初めは、まさか自分の家族がと認めたくないんですよ。でも私は医者じゃないから正しいことは言えないけど吉川先生は認知症の一種ですよ。それもかなり進んでいる。誰が見てもそう言いますよ」  考えていたことをズバリと言われて一瞬腹が立ちました。でもやっぱりそうかと諦めました。警備員には毎日小銭を握らせて警察への連絡をさせないようにしたのです。夜間だから彼さえ黙っていてくれれば大きな騒ぎになることはありません。教室で一人黙々と黒板とにらめっこしているだけですから特に誰かに迷惑を掛けることもありません。パンクした自転車を押して四時間の道程、帰りは私が迎えに行き、ワゴン車の後部座席に自転車を積んで帰る毎日が続いています。  家内を医者に診せないのは保険の更新を誤魔化すためでした。身体は至って健康である、それを裏付けるためです。中学校までの四時間で交通事故にでも遭ってくれればありがたい。一度尾行したことがあります。田舎道ですから信号も少なく、当然交通量も少ない。夜間ですから人通りもほとんどない、そんな通学路ですから交通事故に遭う危険もないでしょう。逆に交通事故に遭っても、翌朝まで知られることがないとも言えます。私はおかしなことを考え始めました。中学校に近い所に橋があります。下は小川ですが急流です。五十メートルほど流れると滝があり農業用の溜池に流れ込みます。溜池は恐らく沼です。岸は石積みで上がるのは困難です。石積みの上にはフェンスがあり人は入れません。待ち伏せして家内を橋の中央で落とすことを考えました。川の流れは速いけど川幅は三メートルほどと狭い。川岸に攀じ登ることも考えられます。一人では片側だけしか攀じ登る家内を遮ることが出来ません。両岸から二人で、そう、物干し竿のような長い棒で、溺れる家内を突っついて沈めてしまえばあとは沼まで一人で流れ着きます。相棒は彼しかいません、そうです、中学校の警備員です。彼なら協力してくれると思います。百万円と安い額から交渉し、最高は保険金の三分の一、二千万までは仕方ないと諦めています。今夜家内が一人で授業をしている時にそれとなく話してみるつもりです。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加