無窮

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 当初計画は三日後の土曜日でしたが、昨夜のことがあり、もう耐えられないと警備員の方から電話があり、今夜に決定したのです。予め橋の両側には竹の物干しを隠しておきます。これは警備員が引き受けてくれました。私は銀行から三百万を下して来ました。管理人への報酬です。この額で折り合ったのは私としては助かりました。夕方になり家内がリビングに来ました。 「あなた、行って来ます。お食事は何か頼んでください」  いつものように玄関で雨合羽を来ます。玄関わきに立て掛けてある自転車の前籠に辞書と筆記用具を入れました。自転車を押し出しました。『ジャシャン、ジャシャン』とスポークの擦れる音が規則正しく聞こえます。私は家内を見送りました。三時間後に出ればちょうど橋の手前で追い付きます。心臓が高鳴ります。しかし昨夜の少年は一体何だったのでしょうか。警備員が頭に刺した鋏は黒板の前に落ちていました。家内と関係があるのでしょうか。教室を覗いているのを家内に気付かれた時、椅子が一斉に後ろに下がったのは錯覚だったのでしょうか。でも管理室に逃げ込んでドアを大勢がノックする音は私だけではなく警備員も聞いていました。私は居てもたってもいられず、家内が出てから一時間で家を出ました。途中のシャッター街となった古い商店街で家内を追い越しました。サイドミラーに入る家内は狂ったような笑顔で何かを歌っているようです。私は気になり車を路地に入れ家内が通過するのを待ちました。電柱の陰に立つと『ジャシャン、ジャシャン』とスポークの擦れる音が聞こえてきました。「ちょきちょきちょっきんちょっきんな♪ちょきちょきちょっきんちょっきんな♪」何処かで訊いた旋律と歌詞。そうです、昨夜の少年が鋏を見て歌った旋律と歌詞です。少年と家内は繋がっているのです。頭に刺さった鋏を黒板の前で家内が抜いたのでしょうか。私は車に乗り込みまた家内を追い越して中学校に行きました。管理室では警備員が震えていました。 「どうしたんです。これ受けとってください」   私はA4封筒に入れて余りを折り畳み輪ゴムで止めた三百万を差し出しました。 「やはりやりますか?」
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