2028年3月、南米ギアナ高地

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2028年3月、南米ギアナ高地

◆ 2028年3月、南米ギアナ高地 ◆ その年が始まって、三度目の満月の夜だった。 太古から変わらぬ景色を留めた、人を寄せつけぬ汚れなき大地は、青白き月光に照らされて辛うじて夜という闇の完全なる支配より逃れていた。 上空をゆっくり移動する雲がはからずもその月光を遮り、それによって夜の闇の攻勢が強まると、満天に広がる幾千億もの星々の微細ながらも鮮烈な煌めきが、月光に代わって、大地が夜の闇に完全に覆われてしまうのを防いでいる。 罪なき雲の戸惑いを見かねた風が急いで雲の手を引くと、月光を取り戻した大地の上を、夜の闇が音も立てず静かに後退りした。 太陽がその姿を西の地平線の向こうに隠して後、暁となり再び東の地平線に姿を現すまで続くこの月光と夜の闇の攻防は、一時も休む事なく、絶えず変化を繰り返しながら、穏やかでとても美しい世界を創り出していた。 まるで、「光の糸」と「闇の糸」で機織られた神秘のベールが地上に舞い降り揺らめいているかのようなこの美しい世界の中に、すべての命ある者達が包み込まれ、育まれていた。その姿が見える生命達は勿論、その姿が見えぬ様々な精霊達さえも・・・。 それらの生命達の奏でる音が、その美しい世界の中に溢れていた。 遥かな上空を、そして大地のすぐ上を柔らかくそよぐ風の音。その風に揺れる、樹々の葉の擦れ合う音。 夜の静寂の中に零れ出す、眠り、夢を見る者達の寝息と呼吸。息を潜め、暗闇の中だけを選びながら忍び歩く者達の草を踏む音。 すぐ近くで、またはずっと遠くで、睦む相手を求め呼び合う者達の響き渡り、共鳴し合う声。さらには、風に乗って四方から聴こえて来る、滝となって流れ落ちる水の音が。 幾重にも重なり合った生命達の奏でる音を音色とし、その姿を万華鏡のように変化させながら、忘却の彼方の遠い過去から遥かなる未来へと、流れる時を同伴の友として、ありとあらゆる調和と幸福を内在しながら旅を続ける美しい世界がそこにあった。その瞬間までは・・・。 突然、大地と大気が大きく震えた。その震えに呼応したかのように、空一面に七色の光を放つオーロラが現われ、まるで、巨大な大蛇のようにその身をくねらせた。 大地の底が繰り返し不気味な咆哮を上げ、いたる所が罅割れ崩れ落ちた。辺り一帯から土埃が湧き上がり、美しい世界は、忽然とその姿を消した。 湧き上る土埃の中から響いて来るのは、陥没と隆起を繰り返す大地の唸り。恐れ、逃げ惑う生き物達の悲鳴。荒れ狂った大地に根こそぎ薙ぎ倒された樹々達の破砕音。 ありとあらゆる狂乱の音が混じり合い、渦を巻いて辺り一帯に響き渡っていた。まるで、この世界の終わりを告げる断末魔のように。 しばらくして、その狂乱の音の中に一つの別の音が加わった。明らかに異質な、けっしてこの世の物ではない音が・・・。 初めは微かにしか聴こえなかったその音は、まるで加速でもしたかのように唸りの大きさを増し、音そのものを変化させた。 狂乱の中から聴こえて来るすべての音の中で、唯一、その異質な音だけが規則と秩序を維持していた。そして、途切れる事なく鳴り響き続けた。大地の騒乱が静まっても尚、己の存在を主張するかのように。 いったいどれほどの時が経ったのだろう。 ようやく視界を取り戻した世界は、一変していた。美しさを織り成していたあの月光も、夜の闇も、そして無数の星々の煌きも、生命達が奏でていた音も、一切が消え失せていた。 いま此処には、七色の光を放ちながら空で蠢く大蛇を従えた、あの異質な音が君臨していた。 ただ唯一、風だけが、その異質な音と大蛇に抵抗していた。あの、雲の手を引き、導いていた風だけが・・・。
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