愚者の門番、賢者の聖杯

30/129
前へ
/132ページ
次へ
思わず舌打ちをして、こいつを蹴り飛ばしてやりたい衝動にかられたが。それにしては排泄臭がしなかった。じゃあ、なにが漏れたんだと思いながら力の入らないジモンを抱えてよろよろと歩く。そしてドアを抜け、応接室に帰ってきた。ジモンを床に座らせる。 振り返ると、応接室の扉は閉まっていた。 俺とジモンが歩いた数メートル。そこには薄い赤色の色水が線を作っていた。見下ろすとジモンがうずくまっている。その体からじわり、と。 赤い色水が染みだして、水たまりを作る。奴の体がビクビク、と痙攣するたびに、水が。出てくる。どこから。そんなものは、決まっている。 「神の酒は一滴で強くなれる。自国の民に分け与えたまえ、と。お前には【たらふく】飲ませた、だからお前が飲む必要はない、そう伝えてくれればいい」 そう、自称、神は言った。 どこから、何を、飲ませたんだ。 「全く悪趣味、にも程がある」 俺は呟きながら、ジモンの肩にかけた服を手に取り、乱暴にジモンの体を拭いてやった。 「しっかりしてくれ、俺はさっさと自分の世界に帰りたいんだ。呆けてもらっちゃ困るよ」 「あ……、あ……、クドウ……俺は一体……、なぜ、俺は体から……何が起きているんだ」 「さあね。ただ言える事は、あんたは神に会って聖杯に【神の酒】を頂いたってことでしょう?それを国民に振舞えって神が言っていましたよ」 「クドウも神にあったのか」 「あれが神って言うんなら、会いましたとも」 「どんな、姿だった」 「まあ……普通ですよ。この国の平均的な、白い肌に金色の男ですよ」 「俺と似てはいなかったのか」 「……まあ、ね。あんたの先祖とは違う神なんじゃないですか?」 「そうか……」 そう呟いて顔を伏せるジモンに自称、神の言葉を告げるのをためらったのは特に言わなくても良い事だと思ったからだ。日本だって天皇が高天原たかまがはらから降りてきた日本武尊(やまとたけるのみこと)の末裔だ、うんぬん。そんなものは宗教と同じだ。 結局物事なんてものは、そうであるか、ではなくてそう見えるか、やそう信じるか、なのだと思う。 実の所、俺はグノーシスやジモンがどうなろうがどうでも良かったので、そこまで真剣にこいつらに向き合う気はなかっただけと言うのが正しいとは思うが。俺はジモンが抱えている聖杯を受け取り、代わりに俺が今まで拭いていた衣服を手渡した。 「ほら、とにかく少し体を拭いてくださいや。クロイさんに言って着替えを取ってきてもらいましょう」 「ああ……そうだ、な」 「じゃあアタシはちょっと外に出ますからね」
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加