愚者の門番、賢者の聖杯

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……俺は、ほがらかに笑うクロイの顔を見上げながら黙って、新しい煙草を唇に挟み込んだ。 ああ、嘘くせえな。と俺は思った。 自分が仕える男の悪口を言わないのは大した物だが、余りにも嘘くさい言葉の羅列ばかりだし、なによりも素敵な上司なんです、なんて言い方をしているがクロイの笑顔は固まっていた。 つもり、嘘なのだろうと思った。 だが俺はそれについては何も言わずに頷いて、「そうかい、そんなに素晴らしい御方なら早く会いたいもんだ」と言ってやった。 そうすると、俺の視線に勘付いたのか悲し気な笑顔に表情が切り替わって、頭を下げた。 俺は肩をすくめて、いいさ。と呟いた。 ふと、【神の門】とやらを振り返ってみた。 俺が東京で見た時は緑の門だった。 ここで見る門は朱色に似た、赤の門だった。 グノーシスの王都は御伽噺に出てくるヨーロッパの街並みによく似ていた。石で出来た家、石畳の道。 俺のような黄色人種は一人も見当たらず、俺よりも背が高い白人ばかりでどうも居心地が悪かった。門が出現した森からはクロイの馬に同乗させてもらい、三十分ほどというところだ。 「ところでクドウ様、先ほどから気になっていたのですが」 「ああ、なんだい」 「クドウ様は口に何を咥えているのですか?」 「この世界に煙草というものはないのか」 「タバコ……?」 「これは草を乾燥させて、紙で巻いたもんだよ。まあ、一種の薬か。これの煙を吸うと、気持ちよくなれるんだ」 「なるほど……クドウ様は何かの御病気で?」 「そうだな……、退屈病って所だな」 「退屈……?」 「そうさ。これを咥えていると、時間が過ぎるのが早いんだ。俺は……時間に火をつけて燃やしているのさ」 「どうして……?」 「退屈だからだよ」 クロイの背中に腕を回しながら俺は答えてやった。馬の乗り心地は思っていたより最悪だった。揺れると、気分が悪いし馬の背中は硬くて、クロイにしがみつかなければ落ちそうだし、おまけに尻が痛くてどうにかなりそうだった。火をつけていない煙草を口に咥えながら俺はとんだ所に来たものだ、と心の中で嘆いた。忌々しい右手の門番の印はしっかりと刻まれているし、この世界はどうやら幻覚ではなさそうだ。どうして言葉が通じるのだろうか、という疑問は、自称神様が解決したんだろう、と思う事にする。 なにせ瀕死の俺の体をいつのまにか治せるほどの力があるのなら、異世界の言語を俺が理解できるようにするのも朝飯前なのだろう。
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