愚者の門番、賢者の聖杯

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(それとも実は俺は自殺に成功していて、ここは今わの際の幻想か、あの世かもしれないねえ。だけどそうなら、こんなに尻の痛い天国なんか、まっぴらごめんだ) そう思っている内に俺はグノーシスの国の王宮に連れてこられ、その王に謁見するべく豪奢な城の中を抜けて、謁見の間、という場所へ連れてこられた。 そこは一段高くしつらえた場所に豪勢な椅子が一つ置いてあり、俺達は地べたに片膝を折り、頭を下げて待つのだそうだ。はあ、そうかい、と俺が気の抜けた声を出すとクロイが少し顔をしかめて俺が口に咥えていた煙草に触れて、優しく奪い取った。 「これは私がお預かりしましょう。流石にこれを咥えたままでは、ね」 「まあ、仕方がないねえ」 そんなことを言い合いながら王を待っていると、突然部屋の外が騒がしくなった。 なんだ、と思っているとクロイが俺の肩に手をかけてぐっ、と下へ力をかけた。耳元で彼が囁く。 「王が来たようです、どうか、教えたように待機の姿勢をお願いいたします」 そう言われたので渋々、床に敷かれた柔らかな絨毯に膝をつき俺は王が来るのを待った。上座のすぐ近くの扉が勢いよく開き、俺は上目遣いにちらりと盗み見る。 まず現れたのは御付きの者が二人、そして小さな子供、とそれによく似た、男が一人。 長身の、黒髪の男だった。 男の肌は浅黒く、濃い目鼻立ちをしている。俺と同じくらいの年代だろうか、黒色のミャンマーの僧侶が身に着ける袈裟、のようなものを身に纏い、腕には悪趣味にも何重、いや五十個は間違いない。細い金で拵えたような腕輪を重ねてつけ、その男の全ての指には色とりどりの大きな宝石がついている指輪がはめてあり、とどめは首飾りだ。真っ赤な苺位のルビーを嵌めた金のネックレスをこれ見よがしに揺らしている。 ヨーロッパの街並み、白人の群衆の中に南アジアの人種が一人紛れ込んだような違和感。 それがこの国の王だった。 その男はどかりとただ一つしかない椅子に当然のように座り、自分と似た少年を呼びつけると、自分の膝に座らせる。 それからようやく俺の方を向いて、口を開いた。 「で?貧相なその男があの門の門番なのか」
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