愚者の門番、賢者の聖杯

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「オヤジ、工藤の野郎は潮時ですぜ」 「ああ……余命半年だとよ」 「見ましたか、あの野郎、ガリガリに痩せこけやがって。ぶかぶかのスーツを着て応接室の隅っこで目だけがこう……ギラギラとしているんです。で、ひっそりと電気もつけないで椅子に座っているんですけど……」 「いるんですけど……?」 「聞こえるんですよ、隣の部屋まで。ゴホッゴホッって、死にそうな咳をしながら煙草を吸うんです。まるで死神か疫病神みたいで、陰気で仕方がないや」 「だけど、あいつはもう死ぬしかねえんだよ。だから少しは我慢してやればいいじゃねえか」 「どうせ、死ぬじゃないですか。今死んでも、後で死んでも。どっちだって構いやしませんよ」 そう言って若い幹部は組長に応、と言わせた。 俺は応接室で煙草を吸いながらその会話をリアルタイムで聞いていた。 その時は、咳が一切出ていなかった。 俺は黙って仕事道具の拳銃に弾を込めて、立ち上がった。 そして、組長に二発、若い幹部に一発、音を聞きつけた連中に三発。 その場にいた連中を皆殺しにしてから俺は組長の財布だけを抜き取って、事務所を出た。 「なんで、こんなこと……、身の破滅だぞ……」 死の間際に組長が俺に尋ねたが。 本当にくだらない理由だったので、教えなかった。 「死ぬ時くらい、自分で決めたかったのさ」 俺は独りきりになってから、呟いた。すると、幾分か気持ちよくなって煙草を吸った。 つまらない人生だった。味気ない人生だった。 そして、もう終わらせようと拳銃の銃口をこめかみに押し当てた。
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