愚者の門番、賢者の聖杯

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まず、俺の目に飛び込んできたのは明るい陽射しだ。 思わず目を背ける俺の脳裏には今の時刻が浮かぶ。午前一時。 それなのにまるで真夏の昼間のような温かさと、光量のある日差し。 そして、歓声が俺を包んだ。 「出てきた、人だ!」 「随分小さな男だ、あれが、あの男が言っていた」 「門番だ」 「門番だ」 「門番だ」 日本語、なのか。 少し不自然な訛りを感じながら歓声の中に混じる雑談している人間の話の内容が耳に入ってきた。 しかも俺が門番だと、言っているようだ。どうしてだろうか。 そう思いながらも俺が眩しい光に目を開けられないでいると、誰かが俺の前に立つ気配を感じ、それによって俺の瞼に容赦なく差し込む光量が緩んだ気がして、そっと目を開けると。 そこには背の高い柔らかな物腰の青年がいた。 年は二十七、八と言う所だろうか。 日本人らしい青年ではなかった。 ゆるくパーマでも当てたような長い髪の毛はいわゆるプラチナブランド、と言われる系統だったし、目は緑色、白色人種。そして170㎝の俺よりは頭一つ分は大きいその男は俺に笑いかけた。 「あなたが門番ですね、ようやくお会いできた!」 「あ、あんた」 「はい?」 「ここは、どこだ」 「ここはグノーシスと言う国です」 「グノーシス?日本じゃない?」 「二ホン?二ホンとは、なんですか」 そう言いながら首を傾げる青年を見つめながら、俺は反射的に煙草を口に咥えていた。唇が渇いているのか煙草の吸い口に触れると俺の皮膚はカサリ、と音を立てた。ライターを取り出して火をつけるとどよめく声が聞こえた。煙草に火がともり、俺の肺にいつもの煙がたまる。 だが、いつもとは大分違っていた。 数年間悩まされた息苦しい咳は一切出ず、煙草がうまかった。 ただ、ただうまい一服を味わいながら段々光に目が慣れてきた俺は青年の肩越しに俺がいる世界の全貌を見回す。 目の前にいる青年の容貌によく似た人間達が老若男女合わせて百人程が俺を好意の眼で見ている。そいつらは中世のヨーロッパのような衣服。あとの数人は御大層な洋風の鎧を着込んで抜き身の剣を手に握っている。 周りは森か、山なのか解らないが木々に囲まれていた。そして門の周りにはお供えのように沢山の花が添えられていた。 空を見上げれば、青空だ。 その空に太陽が二つあり、翼竜だと言わんばかりのでかい鳥が飛んでいる。 「まるでファンタジーじゃねえか」 思わずつぶやくと青年はまた、ふぁんたじい?と聞いてきた。 俺は曖昧に頷きながら踵を返し、門の扉を開けると、門の中に入って扉を閉めた。 すると静寂と、ほどよい部屋の光が俺を包んだ。俺がよく好んで居座っていた応接室に似せたその部屋には愛用のバカラの灰皿まで用意されていた。 応接室の定位置に座り、黙って煙草を二、三本吸う。 ようやく気持ちが落ち着いてきたところで何気なく、応接室から出る扉のドアノブを掴んで回すが、全く開く気配がない。 右手の甲に勝手に描かれた、矢印のタトゥーのようなものが忌々しく俺の眼に飛び込んでくる。 舌打ちして、俺は渋々振り返る。 すると門が、見えた。 俺が右手を動かすと、連動して門が開く。 そうすると、また歓声が聞こえてきた。 ああ。そう言う事か。 「俺に拒否権はないってことか。やることをやれって?健康な体と一日煙草三箱で俺は雇われたって事かい?……全く、安い報酬だ」 嫌味を吐き捨てながら俺はもう一度、待ち構えている青年の元へゆっくりと歩き出した。
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