愚者の門番、賢者の聖杯

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ファンタジーだとかSFに興味はない。 あんなものは夢や希望の吹き溜まりで、俺には無縁だと思ったしちっとも興味がわかなかった。 生きる事が楽しくない俺が読むのは大抵劇画マンガかエロ漫画か競馬新聞だ。お決まりのストーリーに男と女のセックスシーン、それに賭け事のことか、政治家の悪口が殴り書きみたいに羅列するクソみたいな新聞。それ以上の娯楽は受け付けていなかった。 そんな、ある意味、現実主義者の俺が今いる場所は日本ではないばかりか、地球でもなかった。 この世界の名前はメントラと言い、今いる大陸の名はラタと言う、その内の国の一つであるグノーシスの外れにある森が俺の現在地だった。 「半年前、この門が王都の外れにあります森に突然現れた時はみなが怯え、燃やしてしまおう、壊してしまおうと数人が松明や斧を持ってこの門を破壊しに行きましたけれど、傷一つつきませんでした。何のためにこんな物が、と皆で首をひねっておりますと男が一人現れたのです」 「俺の事かい?」 「いいえ、違います。貴方より先にこの門から現れた人間がいるんですよ。ああ、でも……その男は私達と同じ姿形で、似たような衣服を着けていましたが……」 そう言って俺が吐き出す煙草の煙を不思議そうに見つめているプラチナブロンドの青年はクロイと名乗った。こいつはグノーシスの王に仕える文官だそうで、半年前に現れた門の事情に詳しいらしい。元の世界に戻れそうにないことに気が付いた俺はこの奇妙な状況を楽しむことにした。とりあえずは健康な肺と三箱の煙草、そして胸ポケットには俺の愛用している銃がある。 元の世界に戻ってやる事と言えば、頭をぶち抜いて死ぬことだ。 例え健康な体に戻れたとしても、自分のオヤジを殺した男は自分で死ぬか、誰かに殺されるか。それしかない。 じゃあ元の世界に戻らなければいい? それこそ、まっぴらごめんだ。 死ぬときは、自分が愛した街で死にたい。 「で、その男はこの門の事を知っていたのか?」 「ええ。貴方と同じ紋章を手に刻んでいましたが、緑色の入れ墨でしたねえ」 「なんだって、じゃあそいつも門番か」 「それは解りませんが……、なにせ彼はあの聖杯を我々に渡して門の説明をした後、去っていったのですから」 クロイは門の周りに供えられた色とりどりの花の一角に作られた簡素な祭壇に祀られている銀色に光るなにかを指さした。
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