愚者の門番、賢者の聖杯

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「あれは、賢者の聖杯と言うそうです」 「賢者」 「この国で一番強くて、聡明で、崇高であらせられる者が持つにふさわしい、それが賢者の聖杯。あれを持ち、門の中へ行けるのは賢者と、門番だけだと聞きました」 「あれを持って……、門の中に入って何をするんだい」 「【神の酒】というものを、神から与えられるそうです。賢者が賢者の聖杯を持ち、神と対峙して初めて授けられるというものだそうですが……。本当にあなたはなにもご存じないのですか?」 「ああ。ここがどこだかも解らないし、俺は御大層な人間でもないのさ。ただ……、勝手にね。門番にされちまったんだよ。その、俺の前に出てきた男って言うのは今どこにいるんだい?」 「それが解らないのです」 「解らない?」 「ええ。ただ……、彼は門から出てくると、「これからそう遠くない時期に男がでてくる。彼はこの門に選ばれた門番だ。彼以外にこの門を開けることが出来ないので丁重に扱うがいい。私が手に持っているのは【賢者の聖杯】というものだ。これをこの国で一番強くて、聡明で崇高な男が神の前に行き、祈りを捧げると、一滴ひとしずくで強さが手に入る【神の酒】が与えられるぞ。いいか、この門は神の門だ。その効能を俺が証明してやろう」そう言って聖杯に満たされた赤い液体を我々の前で飲み干すと聖杯を我々に渡し、男は兵士の一人の剣を取り上げると、いきなり自分の心臓を刺したのです」 「なんだって」 「けれど、彼は死ななかった。そればかりかにやりと笑って剣を抜くと、剣をまるで枯れ枝のようにぼきりと折ったのです。そしてその剣を放り出すとどこかへ行ってしまった」 「捕まえなかったのか」 「心臓を刺しても死なず、鋼の剣をぐにゃりと曲げる男を捕まえる術があるのでしょうか」 「ま、そりゃそうだわな」 「そう言った訳で、我々は門番、いえあなたが現れるのをいまかいまかと待ちわびていたのですよ、門番様。……ええと、お名前は……」 「工藤だ」 「クドウ?そうですか。クドウ様、どうか王に会っていただけませんか。我が国の王も、クドウ様が来ることを楽しみにしていたのです」 俺じゃなくても、だろ?と嫌味な質問が喉の奥までせりあがってきたが、よく解らない状況で相手を傷つける言葉を投げるのは得策ではない。ああ、と軽く頷けば、クロイは嬉しそうに笑った。 「ありがとうございます、クドウ様!我らの王こそ、賢者の聖杯に相応しき、強く、崇高で聡明なお方なのです!一度会っていただければ、あの方の素晴らしさが解っていただけるでしょう!」
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