祈らぬ者

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「やあ……、あんたは無事なようだな」  崩れかけの壁に寄りかかる形で座り込んだ男は言った。  その側には体の一部が腐り落ちた人間の死体が転がっていて、思わず目を背けたくなるような光景だったが、その場に立つXはありのままをその視覚で捉え続ける。  そして、Xに語り掛けてきた男もまた、肩のあたりに深く傷を負っているらしく、傷口から流れ落ちた血が床に溜まり、じわじわと広がりつつある。  Xは一歩、男に近寄りながら、語り掛ける。 「酷い傷です。せめて、止血を……」 「無駄だ」  言いかけたXの言葉を男はぴしゃりと封じた。Xは思わずといった様子で足を止め、男を凝視する。男はちらちらと瞬く街灯の下で、口元を笑みにした。 「わかるんだよ。……俺はもう、ダメらしい」  男の体が僅かに震えているのをXの目は見て取る。やがて震える指先が持ち上がり、一点を指さす。 「だから」  そこには、 「俺を、殺してくれ」  死体の陰に隠れるように、一丁の銃が、転がっていた。
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