背徳のオメガ 3

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家族を思う兄の顔は本当に優しくて、先程までの険しさが嘘の様だった。 「彼女の父親に頭を下げて許してもらい、俺は彼女と結婚したんだ。・・・幸せだったよ。あんなにお前のことで頭がいっぱいだったのに、いつの間にか忘れていた。時々ニュースで身元不明の遺体が発見されたと聞くと、その時はもしかして・・・と思いはしたが、そんなこともなければ俺はお前を忘れていたんだ」 兄が幸せだったことに僕もほっとしている。 あんなに激しく僕を揺さぶった兄の香りを嗅いでも、もう衝動は起きない。 「彼女と結婚して2年。その間に娘も生まれて、本当に幸せだったよ。・・・だけど、彼女の様子がおかしくなったんだ。先週から元気がなくなり、日に日にその顔から笑顔が無くなっていった。だけど昨日、やっとその訳を話してくれたんだ」 先週からという事は、僕に会ったからだろう。 会社に問い合わせをしたのも女性だったと言ってたから、きっと彼女だったんだ。 「彼女が泣きながら言うんだ。先週、お前に会ったって。人違いだって言われたけど、間違いなくお前だったと。だけど、お前が入っていった会社に問い合わせても、そんな人はいないって言われた。そう言って泣くんだ。すぐに言わなくてごめんなさいって、何度も謝ってさ」 彼女の気持ちが痛いほど分かる。 もし僕が生きていることを知ったら。 それもこんなに近くにいると分かったら。 兄はまた、自分たちを捨てるのではないかと思ったんだ。 「俺が彼女にした仕打ちを考えれば、信用されなくても当然のことだ。だけど、本当は知っていたんだ。お前が生きていることを。結・・・お前、去年父さんの口座にお金を振込んだだろう?あれがお前からだって、父さんたちはすぐに分かったらしい。俺のところにもすぐ電話が来て、結は生きてるって泣いてた。今は何も言ってくれないけど、きっといつか必ず会いに来てくれる、そう言ってたよ」 僕はその言葉に胸が熱くなった。 分かってくれていた。 お金を送ったのが僕だって。 「彼女は会社にはいないと言われたって言ったけど、それは『森山』だからだろう。彼女に言ってなかったんだ。お前が籍を抜いたって。だけど、今の苗字も確証はないし、また問い合わせるのも怪しまれるから、今日は入口を張ってようと思ってさ。会社休んで朝から見てたんだ。・・・そうしたらお前が来た」 なんてタイミングだろう。 彼女がすぐに兄に言っていたら、発情期休暇中の僕には会えなかったはずだ。 「正直、彼女に心配ないと安心させてあげることは出来なかったんだ。俺自身、お前をどう思っているのか分からなかっから。実際にお前に会って、お前の香りを嗅いだら、あの時の衝動が蘇ってきてしまうかもしれない。今までの穏やかな生活が、またお前への思いで激しいものに変わって、彼女のことも娘のことも忘れてしまうかもしれない。・・・俺自身が、本当は一番怖かったんだ」 それは僕も同じだ。 兄を思うだけで胸が苦しいくなって、発情期も兄を思って過ごした。 記憶の中の兄を思うだけで身体が変になりそうなのに、実際に会ってしまったら・・・。 そう思うと、兄と話してけじめを付けたいと思っていても、なかなか前へ踏み出せないでいた。
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