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それからはテーブルいっぱいの料理に目を輝かせた瑛翔はごはんを食べながら、僕のいなかった一週間をそれはとても楽しそうに話してくれた。
発情期明けでこんなに楽しそうな瑛翔は初めてだ。
大体は僕にくっついて離れなくなる。きっと発情期の間、寂しい思いをさせてしまっているのだろう。でも今回はアダムが一緒で、とても楽しかったらしい。
ごはんが終わっても瑛翔は始終ずっとこのテンションで過ごし、電池が切れたようにあっさり眠ってしまった。
そんな瑛翔をベッドに運び、僕はお茶を入れた。
「本当にアダムと過ごした時間が楽しかったみたいで、ありがとうございました。小さな子供相手は疲れたでしょう?」
ダイニングの椅子に座るアダムの前にお茶を置くと、僕も向かいに座った。
「そうでも無いよ。僕も申し訳ないくらい楽しんでしまった。僕の方こそお礼を言いたい。エイトを預けてくれてありがとう」
逆にお礼を言われてしまった。
本当は中国企業とのその後が気になったけど、オンオフを大事にするアダムに今訊くのは良くないと思ってやめた。どの道、明日出社したら分かる事だし。今はアダムとのプライベートな時間を楽しみたい。けれど、アダムは不意に、その口元の微笑みを消した。
「ユイトに一つ、言わなければならない事がある」
急に改まった口調で話し始めたアダムに、僕も自然と背筋を伸ばした。
「ユイトが休暇に入った日、社に問い合わせがあった。『モリヤマ ユイト』という社員はいるかと」
『モリヤマ ユイト』
その名前に僕の鼓動は跳ね上がる。
「もちろんそのような名前の社員はいないので、受付はいないと答えたが、それはユイトのことだね?」
その名を聞いて顔色を変えた僕に、アダムも気づいたのだろう。
「『森山結翔』は僕です。籍を抜く前、僕の姓は『森山』でした」
僕がそういうと、アダムは手を伸ばして頭を撫でてくれた。まるで大丈夫だと言うように。
「社に電話をしたのは女性だと聞いた。心当たりは?」
「和菓子を取りに行った帰り、会社に入るところを呼び止められました。その時は誰だか分からなかったのですが、後から兄の婚約者の女性だと思い出しました。一度だけ、ビデオ通話で顔を見たので間違いないです」
あの後兄と結婚したかどうかは分からないけど、一瞬見えた彼女の指には結婚指輪がはまっていた。
「アダム、もう一度僕に関する問い合わせがあったら、いると答えてください。そして、連絡先を聞いてください」
「ユイト」
「兄と話します。そして、けじめをつけてきます」
決意を口に出すと、僕の心が不思議と落ち着いた。もう怖い気持ちも、焦る気持ちもない。
そんな僕の様子を見たアダムはもう一度僕の頭を撫でた。
「決めたんだね。なら、僕から一つ」
手を戻したアダムはすっと目を細め、優しく笑った。
「君の心に忠実に。僕のことは考えてはダメだ。ユイト、君は君の心のままに今後を決めるんだ。分かったね」
そういうアダムからは、あの甘く優しい香りが漂ってくる。
それでいいの?
アダムはそれで・・・。
だけど僕はそう言わなかった。
僕は静かに頷いた。
僕のことを一番に考えてくれるアダム。
優しいアダム。
だけど、僕はもうすぐ決断を下す。
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