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兄と話すと決めたけれど、その機会は思いのほかすぐに訪れた。
アダムと話した次の日、僕はいつものように瑛翔を連れて出社するところだった。
瑛翔と手を繋ぎ、会社に入ろうとしたその時・・・。
「結!」
名を呼ばれ、その声に身体が凍りついた。けれど次の瞬間、僕は瑛翔の手を引いて咄嗟に後ろに隠くしていた。
振り返ると、懐かしい兄の姿がある。
街の匂いに紛れて漂ってくる兄の香りに、僕の心臓が激しく脈打ち、呼吸が苦しくなる。
そんな僕の様子に、後ろに隠したはずの瑛翔が前へ出てきた。
「いじめないで!」
それは英語だったけど、兄は弾かれたように瑛翔を見て、驚いたように目を見開いた。
「ゆいくんいじめないで!」
なおも強く言う瑛翔を僕はぎゅっと抱きしめた。
「瑛翔、違うよ。この人は僕をいじめたりしてないよ」
瑛翔を抱き上げ、目を合わせてそう言うけど、瑛翔は納得がいかない顔をしている。
「でもゆいくん、怖がってる」
そう言ってまた兄を睨む瑛翔の視線を、身体の向きを変えてずらした。
「瑛翔。僕は怖がってないよ。ただびっくりしただけ」
まだむうっと眉間にしわを寄せる瑛翔に言い聞かせたいけど、今は通勤時間。しかも会社の前でこんなもめ事をしていては周りからの視線を集めてしまう。
とりあえず場所を変えよう。
と思ったその時、ふわりと香ってきた甘い香りに僕の心臓は静かになった。
アダム・・・。
この時間、こんな場所にいるはずのないアダムが僕を庇うように兄の前に立った。
「うちの社員に何か?」
そう英語で問うと、兄はアダムの姿を見て固まった。
「アダム」
僕はアダムの腕を掴んで僕の方を向かせると、兄であることを告げた。
「兄です。これから話してきたいのですが・・・」
僕のその言葉に全てを察して心配そうな顔をするも、僕から瑛翔を抱き上げる。
「大丈夫なのか?」
瑛翔も大人しくアダムに抱っこされながら、ぎゅっとアダムの腕を掴んで僕を見る。
「大丈夫です。瑛翔も心配ないよ」
安心させるように笑うけど、瑛翔の顔は難しいままだ。
「分かった。エイトは僕が送るから、こちらは気にしなくていい。今日は休みでも構わないから」
「いえ、話が終わり次第出社します」
僕はそう言うと、瑛翔の頬にキスをした。
「じゃあ僕はお話しに行ってくるから、瑛翔はアダムと行ってね」
本当はまだ納得していない顔。それでも僕の頬にキスしてくれた。
「いっらっしゃい」
「瑛翔もいってらっしゃい」
そう言って離れた僕にアダムは優しい視線をくれる。
「昨日言ったことを忘れないように」
そう言って瑛翔を抱っこしたまま会社の中に入っていった。
その背を見送り、僕は覚悟を決めて兄に向き合う。
「あの・・・僕の家で話さない?ここからすぐだから」
僕たちのやり取りを黙って見ていた兄は、その僕の言葉に頷いた。
「結がそれでいいなら」
「じゃあ、そうしよう」
僕は兄を連れて、今来た道を戻り始めた。
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