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僕たちの会話は全て英語だったけど、兄はどこまで理解していただろう。
僕は兄が英語を話せるかどうかすら知らない。
僕が知る兄は高校生まで。あとはあの、激しい夜だけだ。
せっかくアダムの香りで落ち着いていた心臓がまた早くなり出す。
僕達は何も話さないままただ歩き、僕の家まで着くと、僕は先ほど閉めたばかりの鍵を開けてドアを開いた。
「どうぞ。ちょっと散らかってるけど」
僕は兄を中に促すと、先にキッチンに行ってお湯を沸かす。そして入ってきた兄にダイニングの椅子を勧めた。
いざ兄を前にすると、何を話していいか分からなくなる。そもそも、兄はあの夜をどう思っているのだろうか。僕の思惑通り夢だと思っているのか、それとも・・・。
兄さんさっき、瑛翔を見てとても驚いていた。瑛翔があの夜の子だと分かったからかな。
頭の中がぐるぐるしてきて考えがまとまらない。僕はとりあえず沸いたお湯でお茶を煎れ、兄の前に置いた。すると、兄の方が口を開いた。
「結・・・正直何から話していいか分からないよ。だけど・・・お前が生きていてくれて、よかった」
その言葉に、僕は兄を見た。
兄は僕に怒っていると思っていたから。あの夜を覚えていたらもちろんだけど、たとえ夢だと思ってもらえていたとしても、勝手に何も言わずにいなくなった僕のことを怒っていると思っていた。なのに、兄からはそんな怒りは感じず、心底ほっとしている様子が伝わってくる。
「・・・勝手にいなくなって、ごめん」
僕は何を言っていいのか分からず、ただごめんとだけ言った。だけど、その言葉に苦しそうに顔を歪めた兄は目を瞑り、拳を握った。
「お前がいなくなったのは、俺のせいか?」
兄は目を開き、もう一度僕を見て言った。
「お前は俺のせいでいなくなったのか?」
それは・・・どういう意味だろう。
僕は兄の言いたいことが分からず答えられない。
兄のせいだと言えばそうだけど、だけど・・・。
「お前がいなくなった前の夜、俺は仲間に酒を飲まされてひどく酔っていた。そして次の日の昼に父さんたちに起こされるまで、俺は酷い夢を見ていたんだ。その夢はとても生々しく、とうてい夢とは思えないほど、この手に感触が残っている」
兄は震える手のひらを凝視した。
その姿に、僕の胸は痛む。
あの夜のことを、兄は夢だと思っている。だけど、それは兄を苦しめている。
「夢現の中起こされた俺は、お前がいなくなったことを知った。その時初めてお前が留学することも知ったんだ。父さんも母さんも酷く動揺していて、結翔と連絡が取れない、携帯も繋がらないと焦っていた。俺はなにがなんだか分からないけど、お前がいなくなったと聞いて、あの夢のせいではないかと思った」
苦しそうに顔を歪める兄を見て、僕はこの6年、苦しんでいたのは僕だけじゃないことを知った。兄も両親も僕に怒り恨んでいたとしても、苦しんでいるとは思わなかったのだ。
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