背徳のオメガ 3

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「もしもあれが夢ではなく現実だったとしたら、そのせいでお前はいなくなったのではないだろうか。一度そう思ったら、俺はあの夢が現実だったとしか思えなくなったんだ。だとしたら・・・あれが現実だったなら、お前はもうこの世にはいないんじゃないかと・・・」 肩を震わせて目を閉じる兄は、まるで泣いているようだった。 「お前は昔、人魚姫がうらやましいと言ったんだ。覚えているか?テレビで人魚姫の像が写った時、お前はそう言ったんだよ。本当にうらやましそうに、けれど悲しげなお前の顔が忘れられなかった」 確かに一緒にテレビを見ていた時に、コペンハーゲンの人魚像が出てきたことがある。その時思わず出てしまったつぶやきを、兄が聞いていたなんて・・・。 「俺が結婚すると言ったから、お前は泡になって消えたのだと思った。人魚姫のように。だから最後に、俺のところに来たのではないかと・・・」 兄のその言葉に、僕は目を見張った。 知ってた? 僕の思いを。 「お前が俺に思いを寄せてくれていたことは知っていたよ。まだ俺が実家にいた頃から、お前から漂う微かな香りが俺を求めていたから。だけど、俺はそれに気付かないふりをした」 その言葉に、僕の目から涙が零れた。 兄は僕の思いを知っていながら、僕を避けていたんだ。 心臓がぎゅっとなる。 その痛さが身体中に広がり、僕は思わず胸に手を当てた。 「ごめん・・・兄さん。僕はもっと、早くにいなくなるべきだった」 兄が家に帰ってこないのは、僕のためだと思っていた。僕に本当の家族では無いと知られないように会わないのだと。だけど違った。兄は僕の思いが迷惑だったのだ。家族じゃないことを知れば、僕が兄に迫るのでは無いかと思ったんだ。僕の思いが迷惑だから、そうならないように会ってくれなかったんだ。 なのに僕は・・・。 勝手に思い詰め、勝手に暴走した。 やっぱり生きてちゃいけなかったんだ。あの時、あの夜のことを思い出に、泡になるべきだったんだ。 「あの時、やっぱり初めの予定通り・・・」 消えるべきだった。 本当は場所も決めていたんだ。森の中にひっそりと佇むきれいな湖。最期の場所を探して衛星写真を見ていた時に見つけた、僕の秘密の場所。留学先に選んだ住まいもそこの場所を中心に選んだ。もしもお腹に子が宿らなかったらすぐに行けるようにと。だけど、僕のお腹には子が・・・瑛翔が宿った。だから僕はそこへ行くのをやめたけど・・・。 本当の予定は兄との事の後、僕はピルを飲み、自分で決めた場所で泡になるはずだった。 なのに欲が出て、僕はピルを飲まなかった。そして神に委ねたのだ。僕の命を。このまま子が宿らなければ、僕は消える。だけど、もし宿っていたなら・・・。 「ごめんなさい・・・」 生きていて、ごめんなさい。 僕は自分の身勝手さに、身を震わせて兄に謝った。けれど、兄は大きな声を上げた。 「違うんだ!」 あまりの大きな声に驚いて、僕は兄を見た。 「違うんだ、結。お前を避けたのは、お前が俺を思ってくれたからじゃない。俺がお前のそばにいられなかったからだ」
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