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「俺は混乱した。あの夢はやっぱり本当だったのではないか。結は未だに俺を思ってくれていて、だけど結婚する俺に絶望して、最後に自分の思いを遂げると人魚姫のように泡になったのではないか。そう思う一方で、あれは夢だった。結はここには来ていない。だから結は泡になんてなってはいない。ただ何かがあって姿を消しただけだ」
兄はギュッと拳を握ると、その手を開いて顔を覆った。
「初め両親も必死にお前を探していたよ。そもそも結は本当にアメリカに行ったのか、実は日本にそのままいるのではないか。考えられる限りの場所を探し、やっぱり見つからないと今度はアメリカに探しに行くと言い出して、パスポートを取るために戸籍を取り寄せたんだ。そこで、お前の籍が抜かれていることに初めて気づいた。父さんと・・・特に母さんはひどくショックを受けて・・・。その時、結は自分の意志でいなくなったんだと分かった。そして父さんたちは、警察に出していた捜索願いを取り下げ、探すのをやめた」
アメリカまで探しに行ってくれようとした両親に、僕は心が痛い。せめて手紙でも残してくればよかったのかもしれないけど、その時の僕にはそんな余裕すらなかった。
「だけど俺は探すのをやめなかった。お前がもしかしたら、すでにこの世にはいないかもしれないと思うと、探さずにはいられなかった。あの夜は夢だった。だからお前は消えてなどいない。お前は絶対にどこかにいる。そう思って必死に探した」
僕をずっと探し続けてくれていた兄。
僕は、兄は怒っていると思っていた。僕が決して人として、してはいけない事をしたから。
どんなに求め、欲しいと思っても手に入らなかったからと言って、相手の意思を無視して無理矢理手に入れたのだ。怒り、恨まれていても仕方がないと思っていた。なのに・・・。
「俺はお前を探すことで頭がいっぱいだった。正直、結婚なんて忘れていたよ。彼女からの電話もメッセージも無視していた俺は、直接彼女が俺のところに来るまで本当に忘れていたんだ。元々愛していたわけじゃない。結への思いを隠すため、カムフラージュするためにしようとした結婚だ。その結がいなくなったのに、する必要がどこにある?酷い男だろ?軽蔑していい。俺はそれを彼女本人にも言ったんだから」
自嘲気味に笑う兄の顔が辛そうに歪む。
本当にそれを彼女本人に言ったなら、なんて酷い人間なのだろう。でも僕は兄を知っている。きっと兄はわざと言ったのだ。自分に恨みを持たせるために。
兄の思いはどうあれ、彼女はきっと本当に兄を愛していたと思う。なのに本当の理由も告げられず一方的に別れられたら、彼女は傷ついて悲しむだろう。その悲しみはきっと長く引きずり、立ち直れないかもしれない。結婚まで考えてた人だ。彼女の中ではとても大きな存在だったはずだから。それをわざとひどくあたり、自分に憎しみを持たせることによって、彼女の中の兄の存在を大きなものから酷い人へと変えたのだ。怒りは生きる原動力になる。自分を恨むことで彼女が前に進めるようにしたんだ。
「彼女を酷く傷つけて捨てた俺は、その後もずっと結を探した。どこにも見つからなくて、身元不明の遺体の特徴を見るのが毎日の日課となった。初めはいないことに安心するためだったけど、それも何年も経つと、本当に結がその中にいるのではないかと思い始めるようになった」
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