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「それに、お前に子供がいるかもしれないと言ったのは彼女なんだ。あの状況でいなくなったお前が今ここにいるのは、それだけの理由があったからだって。正直、俺は彼女に言われるまで子供の可能性なんて考えもしてなかった。そもそも俺は、あれは夢だと信じたかったから・・・。だから、さっきお前が子供を連れていた時は本当に驚いたんだ」
僕が今ここにいる理由。
きっと彼女も母親だから分かったのだろう。
「あの子は僕の全てだよ。僕の命。この世で一番愛おしい存在」
僕にとってかけがえのない存在だけど、兄にも同じように思って欲しいとは思っていない。兄は生物学上の父親であって、現実に父親になってもらおうとは思っていないからだ。
だけど子供のことが気になるのか、兄はさらに訊いてきた。
「さっきの人が、子供の父親になってくれたのか?」
さっきの人・・・アダムのことだ。
「そう言ってくれてるんだけど、まだ返事をしてないんだ。保留中」
今日、兄に会って分かった。
兄に対しての衝動の理由を。
兄を思うだけで身体が疼き、性の衝動に駆られる。発情期も決まって思い出すのは兄の感触と香り。
確かに僕は兄が好きだった。
その身体に触れ、その香りに包まれたいと思っていた。
だけど、僕の前にアダムが現れた。
アダムの香りは僕に安心感を与え、アダムといるととても心が落ち着く。
兄のような衝動が起きないことに、僕は自分の気持ちを測りかねていたけど、ようやく分かった。
兄に対する衝動は、ただの記憶による条件反射だ。
僕が性的な気持ちになる時、それは決まって兄のフェロモンを嗅いだときだ。それも兄が言うところの、僕に向けた性的欲求を含んだ香り。
だから僕の中で『兄の香り=性的興奮』になっている。
それに、あの夜の交わりが僕の唯一の経験なので、必然的に発情期に思い出すのもあの夜のことだけ。
つまり、僕にとって兄はそういうことをする対象なのだ。
青少年にとってのグラビアアイドルみたいなもの。考えただけで興奮してしまう。
大好きな兄をそのような対象に見ていたことに自分でも驚きだけど、今日こうして兄と会ったことによって兄に対する印象が上書きされた。
だからもう、兄を見ても香りを嗅いでもなんともない。むしろ、僕の中でアダムの存在が大きくなった。
会いたい。
アダムに早く。
「保留中の答えは、もう出てるみたいだな」
僕の顔を見た兄が目を細めて言った。
その言葉に僕は顔に手を当てる。
顔に出ちゃったかな?
「うん。まだ待っていてくれてるなら」
その言葉に兄は吹き出した。
「待ってるも何も、あの人は結が好きすぎて仕方がないって言ってるよ。さっき俺にバリバリ威嚇してたから」
その言葉に僕は驚いた。
さっき威嚇してた?
「結は昔からアルファの気配に疎くてそういうのに気づかなかったけど、アルファ同士は意外と見えないところでやり合ってるんだよ」
見えないのところで、どうやってやり合うのだろう?
「オメガでも分かる子には分かるらしいけど、結は今も全然分からないんだな。昔からお前のそのほんわかした雰囲気は、アルファ同士の殺伐とした空気を和らげていたよ」
よく分からないけど、ほめられてるのかな?
そう思っていると、兄は僕を見てふわっと笑った。
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