1章「おまえ、俺の女になれ」

5/12
491人が本棚に入れています
本棚に追加
/126ページ
 端的なもの言いだけれど、よく通る張りのある声だった。その洗練された容姿と相まって、女性たちの視線が自然に一弥へ吸い寄せられていく。  そのあと何を言うのかと渚は待っていたが、彼はそれだけ言うと、あとはそれまで通り黙ってしまった。「ちょっと一弥くん、それだけ?」と芹沢が呆れた声を出す。 「仕事とか趣味とかさ、いろいろあるじゃない」 「今はそれだけでいい」 「もう……。見崎、一弥くんはちょっと変わってるけど、悪いやつじゃないから、話してあげてね」  上司である芹沢にそう言われて、渚は「あっ、はい」と反射的に頷いた。  席順から、次は渚の自己紹介の番になる。渚は名前と年齢、それに芹沢と同じでマリンパークで働いていることを話した。 「見崎は花形のイルカ担当なんだよ」  渚の自己紹介が簡潔すぎたためか、芹沢が補足してくれる。  イルカ担当と聞くなり、隣の席にいた女性が「すごい!」と声を上げた。 「イルカってかわいいですよね。癒やされるし」 「そうですね。気まぐれで振り回されることも多いけど、どの子も性格が違っていてかわいいです」 「そうなんだー」 「はい。人間と同じで、それぞれ個性があるんです。しっかりしたお姉ちゃんタイプの子もいれば、ちょっとおっちょこちょいな弟っぽい子もいて。意外に一番年下の子の方が世渡り上手だったりすることもあって、去年生まれたばかりのマルっていう子が一番みんなと仲良くやれてるんです。でも、みんな好奇心が強くて遊び好きなのは同じかな。あっ、このあいだなんか、イルカたちのいるプールにボールを入れてあげたら、ハルトっていう子が……」  と、そこまで言ってから、はたと我に帰る。男性陣も女性陣もちょっと驚いたような顔をしているところを見ると、喋り過ぎてしまったようだ。イルカのことになるといつもつい喋りすぎてしまい、友達を呆れさせたことが何度もある。 「見崎は仕事熱心なんだ。イルカチームのエースだからね」  芹沢がとりなしてくれて、ようやく空気が元どおりになる。芹沢の隣にいる男性が「ねえ」と声をかけてきた。 「俺、あそこの水族館のイルカショー、何度か観たことあるよ。なんだかものすごくアクロバティックだよね。女の子がイルカの背中に乗ったりとかさ。見崎さんもそういうことしてるの?」
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!