1章「おまえ、俺の女になれ」

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「わたしがよく頼むのはアジのなめろうですね。あと、かに味噌の甲羅焼き。味噌を食べ終えたあとの甲羅にお酒を注いで飲むと最高です」 「おお……!」  一弥が声を上げる。その瞳はきらきらしていて、見知らぬ場所を探検する子どもみたいだった。 (もっとクールな感じの人かと思ってたけど……。想像してたよりも、面白い人かもしれない)  そう思うと、目の前にいる一弥への興味が湧いてくる。もう少し、この人と話してみたいと渚は思った。 「一弥さんって、趣味はなんですか?」 「どうした、急に」 「だって、さっきの自己紹介ではそういうこと聞けなかったから。一弥さんの趣味は……好きなものはなんですか?」 「俺の好きなものか? それはもちろん、ぬ……」 「ぬ?」 「ぬ……ぬるぬると円滑に仕事を進めることだ」 「なんですかそれ」 「あとは、水族館に行くのが好きだ」 「へー!」  だから、イルカの話に興味を持ってくれたのか。渚は納得した。 「好きな水族館の生き物はなんですか?」 「カワウソとラッコが好きだ。イルカはもっと好きだ」  一弥の答えに、渚は思わず笑い声を上げてしまった。 「どうした?」 「いえ、意外にかわいいものが好きなんだなと思って」  そう答えると、一弥が驚いたように目を見開いた。かと思うと、なんだか気まずそうに目を逸らされる。 「……俺の話はいい。今夜は、渚、おまえの話が聞きたいんだ」 「わたしですか?」 「ああ。イルカの話をしているときのおまえは、とてもいい顔をしていた。もっと聞かせてくれ」 「そ……そんなこと言われたら、止まらなくなりますよ」 「かまわない。好きなだけ話せ」 「……一弥さんは物好きですね」  照れ隠しでそんなふうに答えたけれど、本当は少し嬉しかった。この人の前では、呆れられるんじゃないかとか、引かれてしまうんじゃないかとか、きっと考えなくていい。自然にそう思えた。  渚の話すイルカの話を肴に、二人は運ばれてきたお酒と料理を楽しんだ。  日付がまもなく変わるころになって、二人は居酒屋を出た。 「どの料理もうまかった。いい店だ」  満足そうな一弥の声に、渚も嬉しくなる。 「気に入ってもらえてよかったです」
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