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翌朝、渚は出勤するなりカワウソプールのバックヤードに駆け込んだ。目的の人物は、もちろん芹沢だ。
「ああ、見崎。あのあと、一弥くんとはどうなっ……」
「その一弥さんのことですけど。どうして黙ってたんですか」
そう詰め寄ると、芹沢はきょとんとした顔をする。
「え? 黙ってたって、なんのこと?」
「とぼけないでください。一弥さんがアクロスの社長だってことですよ!」
「黙ってたって……、えっ、一弥くんがアクロスの社長だって、気づいてなかったの!? てっきりそれを知ったから一緒に抜け出したもんだと思ってたのに……」
「違いますよ! だいたい、アクロスの社長なんて人が合コンに来るなんて思わないじゃないですか!」
渚は一弥と交際することになったこと、おまけに交際することになったそのあとに彼の立場を知ったことを芹沢に話した。
「すごいね、そこまで進んだんだ、二人。一弥くん、やるなー!」
「やるなーじゃないですよ。まさか親会社の社長だなんて思わないから、普通に喋っちゃったじゃないですか」
そう言うと、芹沢にきょとんとした顔をされてしまった。
「え? それの何がいけないの?」
「何がって……」
「一弥くんが社長だってことは知らないまま、素の見崎のままで彼と会話してみて、その上で付き合うことになったわけでしょ。っていうことは、一弥くんもきみを気に入ったんじゃない?」
「それは……」
「まあ、黙ってたことは謝るよ。ネットとか雑誌の記事に一弥くんの写真が載ったりしてるから、すぐに気づくと思ったんだ。ごめんね」
上司である芹沢にそんなふうに謝られると、渚もそれ以上は責められなくなる。
「もういいですよ。親会社の社長の顔をちゃんと覚えてなかったわたしにも落ち度はありますし」
「ありがとう。それで、見崎は今後どうするの?」
「今後って?」
「一弥くんがアクロスの社長だって知ったわけでしょ。彼とはつきあうの? 別れるの?」
「それは……、まだわかりません」
いろいろなことがありすぎて、今はまだ頭の中が整理できていないというのが本音だった。渚からすると男性と交際することさえ未知の体験だというのに、それが親会社の社長だなんて、処理できる範囲をとっくに超えてしまっている。
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