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「あ、もしきみが付き合うのをやめたとしても、一弥くんが職権を乱用してきみに不利益なことをしたりすることはないから、そこは安心して」
「それは、わかってます」
一弥がそういう小ずるい人間でないことは、昨晩、彼と話してみてわかっていた。
渚の返事を聞いた芹沢が安心したように微笑む。デスクの引き出しから何やら冊子を取り出し、手渡してきた。
「これ持っていきなよ。一弥くんのインタビュー記事が載ってるから読んでみるといい」
冊子は書店でよく見かける経済ビジネス誌だった。マリンパークの事務所にも同じものが置いてあるのは知っていたが、仕事が忙しくてまともに目を通したことはない。
「まずは社長としての一弥くんと、一人の男性としての一弥くんをきちんと知ってから、今後の判断をするといいよ」
休憩時間になると、渚は芹沢から受け取った雑誌を開いてみた。一弥のインタビュー記事に、短いものではあるが彼の経歴も記載されている。
電池や記録媒体の開発をしている大手企業の社長の一人息子として生まれたが、父親の会社を継がず、プロジェクションマッピングやLEDライトを使ったイベントの演出やテーマパークのプロデュースなどを手がけるクリエイティブカンパニー「アクロス」を大学在学中に立ち上げ、成功を収めているらしい。
(なるほど、いいところの息子さんだったんだ……。そりゃあチェーンの大衆居酒屋なんか行かないよね)
施設が古く、経営が傾きかけていたこの水族館をアクロスが買収したのは二年前のことだ。それをきっかけにマリンパークは内外ともにがらりと変貌したのを渚は覚えている。それまではどちらかというと昔ながらの水族館という感じの雰囲気だったのだが、施設が全体的に新しく改装され、通年変わらなかった館内のライティングや装飾が季節に合わせて変化するようになった。自動のチケット販売機を導入して入館の待ち時間を減らすなどの改善をしたせいか客足も増えたし、それまで渚たち飼育員が行っていた水槽の掃除も専門のスタッフを採用してくれたおかげでする必要がなくなり、そのぶん浮いた時間を担当している動物のトレーニングや健康管理に費やせるようになった。
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