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アクロスが経営に関わるようになってから、この水族館は訪れるお客さんや、飼育されている動物、そして働く職員にとってもいい環境に変わった。水族館の経営ひとつとっても、一弥が有能な人物であるのはわかる。
(だからこそ、そんな人がわたしみたいな水族館の一職員とつきあっていいのかな)
そんなことをぐるぐると考えていると、デスクの上に置いてある防水仕様の携帯が震えた。見ると、一弥からメッセージが届いている。『次の休みはいつだ』という、絵文字も顔文字もつけない簡潔な文章が実に彼らしい。
『火曜日です』
『迎えに行くから予定を空けておけ』
有無を言わせない文面に、思わず『承知いたしました』と仕事の要領で返信すると、すぐに返信があった。「よろしく」というセリフつきのイルカのスタンプだ。
(こんな可愛いスタンプ使うんだ……)
そう考えると、つい笑みがこぼれた。
「つくづく、不思議な人だな……一弥さん」
次の休日、一弥は本当に迎えに来た。就職して以来ずっと住んでいる築三十年のアパートの敷地の前につやつやした外車が横付けされるのを見たとき、渚は夢を見ている気分になった。
運転席から現れた一弥は先日とは違って私服だ。シンプルな白いシャツだが、きっと品質のいいものなのだろう。その飾り気のなさが、かえって一弥の洗練された雰囲気を際立たせていて、つい見とれてしまいそうになった。
「なんだ。じっと見て」
「あ。いえ……、今日の一弥さんはこのあいだと印象が違うなと思って。前回はぴしっとした三つ揃えだったから……」
「普段はこういった格好の方が多い」
「そうなんですか」
「ああ。俺が三つ揃えなんか着ていたら、社員がやりにくいだろうからな。あの日は、ただ……」
「ただ?」
「いや、なんでもない。おまえこそ、今日は雰囲気が違うじゃないか」
そう言われて、少しどきっとする。ものすごく久しぶりにスカートを履いてみたり、ものすごく久しぶりに口紅を塗ってみたことに、気づいてくれたらしい。
「……変ですか?」
おそるおそる聞いてみると、一弥は首を横に振った。
「変じゃない。いつもの自然体なおまえも悪くないが、今日はその、なんというか……かわいい」
(かわ……!?)
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