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ぼっと火がついたように顔に血が昇るのがわかった。どうしようもなく照れくさくなり、一弥の顔を見ていられなくなる。
「ほら、とりあえず乗れ」
「は、はい」
一弥が助手席のドアを開けてくれて、渚はようやく車に乗り込んだ。シートベルトを締めながら、「これからどこに行くんですか?」と尋ねる。
「水族館に行こうと思っている」
一弥が名前を挙げたのは、横浜にあるテーマパーク型の水族館だった。ショーが有名な水族館なので、渚も勉強のために何度か行ったことがある。
「休みの日まで水族館は嫌か」
「いえ。行きたいです」
「そうか。おまえと一緒に水族館に行ってみたいと思っていたから、よかった」
車は高速道路を走り、テーマパークに到着する。敷地内は公園のようになっており、水族館の他にもレストランやショップ、遊園地にあるようなアトラクションが点在している。二人はさっそく水族館の大きな建物に入った。
入口を抜けるとすぐに、色とりどりの海水魚が泳ぐ水槽が二人を迎えた。しかし一弥はそれらを眺めることはせず、まっすぐに順路を進んでいく。
「あれ。一弥さん、水槽見ないんですか?」
「ここを見るのはあとだ。もうすぐイベントの時間だからな」
「イベントって?」
「行けばわかる」
一弥は渚の手を取ると早足で歩き出した。言葉は相変わらず端的だが、よく見ると表情がどこかうきうきとしている。
(どこに行くんだろう?)
果たして、一弥が渚を連れて行ったのはコツメカワウソの水槽の前だった。子ども連れが列を作っているところを見ると、何かのイベントがはじまるのは確かなようだ。一弥のあとについて、渚もその列に加わることにする。
「知っているか、渚」
順番を待つあいだ、一弥が何やら囁きかけてきた。秘密を打ち明けるときのような低い声に、思わず彼に耳を寄せる。
「なんですか?」
「この水族館ではな、一日先着二十組限定でカワウソと触れ合えるイベントが催されているんだ。その名も『カワウソさんとあくしゅ』だ」
「はあ。……それで?」
「だから、『カワウソさんとあくしゅ』だ」
「……。一弥さん、カワウソさんとあくしゅしたいんですか?」
「当然だろう」
(当然なんだ)
妙にうきうきしていると思ったら、カワウソと触れ合えるイベントが楽しみで仕方がなかったらしい。
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