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「今夜、合コンセッティングしておいたから、見崎も来てね」
上司の芹沢になんの突拍子もなくそんなことを言われたのは、「アクロス立山マリンパーク」のイルカ飼育員である見崎渚が、その日最後のイルカライブを終えた直後のことだった。
「ごうこん? ごうこんって、なんでしたっけ?」
「もう、何言っちゃってんの。男女が集まってお酒飲んで、付き合う相手を探すあれだよ」
三十二歳という若さでマリンパークの飼育部門を束ねる芹沢は、その嫌味なほど整った顔にやわらかい笑みを浮かべて言った。
「ああ、その合コン。……って、ええっ」
あまりにも自分に縁遠い言葉に、渚はとっさに手に持っていたバケツを落としそうになってしまった。イルカが食べるアジやサバやシシャモの入ったバケツだ。
「合コンなんて、どうして、わたしが」
「俺もさ、見崎にはいつも助けてもらってるよ。イルカチームは水族館の花形で、きみはその中でもエースだしね。この入れ替わりの激しい業界で八年も勤めてくれているだけでも貴重だし、きみはこの水族館に欠かせない存在だよ。でもね、ちょっとワーカホリック過ぎると思うんだ。いい仕事をする人はプライベートも充実してるもんだよ。その理屈でいえば、見崎に彼氏ができたらもう最強だよね! 日本一のイルカトレーナーの誕生だよ!」
「はあ……」
その理屈って、どの理屈だろう。話の内容を少しも飲み込めないでいる渚をよそに、芹沢は「というわけで、定時になったら迎えに来るから、残業しないでね」と軽い調子で言い残し、自分が担当しているカワウソのプールへと戻っていった。
(合コンなんて、ドラマの中でしか見たことないんだけど、どうしたらいいんだろう)
戸惑いを感じながら、バックヤードにあるシャワールームに移動する。熱いシャワーを浴びながら、イルカライブ……いわゆるイルカショーの時にいつも身につけているウエットスーツを、てきぱきと脱いでいった。
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