2章「今夜、おまえを抱く」

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「そうか。歳の割にしっかりしていると思っていたが、そういう事情があったのか。おまえは立派だな」  一弥にそんな風に言われると、なんだかくすぐったい気持ちになる。「別に、立派なんかじゃ」と返すと、一弥が首を横に振る。 「いや。おまえは家族思いの、やさしい女だ。おまえを恋人にできたことが、俺は誇らしい」  涼しげな一弥の目元が、ふいにやわらかく細められた。形のいい唇が美しい弧を描く。 (一弥さん、こんなやさしい顔もするんだ)  さっき見た無邪気な笑顔とはまた違う、包み込むような笑顔。こんなにやさしい表情を一弥がすることに驚いたし、それが自分に向けられていることにも戸惑うくらい胸が高鳴った。 (こういうとき、どうしたらいいんだろう)  どきどきしてしまい、うまく返す言葉が見つけられない。 「食べ終えたらショーを観に行くか」 「そ、そうですね」  一弥の言葉に、渚はなんとか笑顔を返した。  レストランを出た二人は水族館に戻り、ショースタジアムに入った。広い観客席の正面に、イルカどころかクジラも泳げそうな広大なプールとステージがある。 「ここのショーは色々な生物が共演するのが特徴らしいな」座席に着くと一弥が言った。 「はい。イルカだけじゃなくて、ペンギンやセイウチも一緒に登場するんです。アクロバティックな技も多いから、見応えがありますよ」 「ほう、それは楽しみだ」  スタジアム内に流れるナレーションが、ショーの始まりを告げる。子供連れの多い時間帯を意識しているのか、ショーはコメディ仕立てになっていた。新人だというトレーナーが、イルカに水をかけられたり、アシカにそっぽを向かれたりするたびに観客席から笑いが起こる。大人であればトレーナーが新人ではないことも動物たちの動きがあらかじめ教えられていたものであることもわかるような仕立てになっているのだが、それでもトレーナーと動物たちのコミカルなやりとりを見ていると、ついつい笑ってしまう。  隣にいる一弥も楽しそうで、ときどき笑い声を上げているのが聞こえる。渚はショーから一弥へと視線を移し、その端正な横顔を眺めた。 (わたしも、イルカライブでこんなふうに一弥さんを喜ばせてみたいな……) 「どうした、渚?」  渚の視線に気づいた一弥がこちらを見て不思議そうな顔をする。渚は慌てて首を横に振った。
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