2章「今夜、おまえを抱く」

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「そうだ。むしろ、そんな思いをしたのにも関わらず、プールに入って仕事をしていることだけでも大したものだ。イルカチームのこともうまくまとめてくれているし、社長として本当に感謝している。ただ……いつも仕事に全力なのはおまえのいいところだが、あまり無理を重ねるものじゃない。そう思わないか?」  一弥の声と眼差しが真剣だった。心から自分のことを思って言ってくれるのがわかって、なぜなのか、目の奥が勝手に熱くなる。  泣き出してしまう前に俯いて顔を隠したくなるが、一弥の手にしっかりと両頬を押さえられているせいで、それもできない。とうとう、堪えきれずに涙があふれ出した。 「どうして泣く」 「すみません……。わ、わたし、ずっと自分がだめなトレーナーなんじゃないかって、思ってたので……」  嗚咽を堪えながら、なんとかそれだけ口にする。  観客に喜んでもらうことが自分の仕事のひとつにも関わらず、「ハイスピン」を再開できずにいる自分はプロとして失格なのではないか。毎日慌ただしく働きつつも、そんな思いがいつも渚の心にあった。 「そんなことはない。あの水族館にも、イルカたちにとってもおまえは欠かせない人間だ。もっと自信を持て。ライブステージに立つおまえは美しい」  相変わらず居丈高なもの言いだが、渚の涙を拭う指先は優しかった。ずっと心の奥底につきまとっていた苦しみが、一弥の言葉ひとつでゆっくりとほぐれていく。それは初めて味わう、不思議な感覚だった。 「……一弥さんって、不思議な人ですね」 「なんだ、急に」 「急じゃないですよ」  渚は涙を拭った。 「合コンではじめて会ったときから、変わった人だなって思ってました。おまけに親会社の社長だなんて……。付き合うことになってどうしようって、わたし、今日までずっと悩んでたんですよ」 「そうなのか?」 「そうですよ。でも……」  胸のうちにある思いを伝えていいものか迷ったが、今は、自分が感じていることを素直に言葉にしたかった。渚は目の前にいる一弥をまっすぐに見つめて口を開いた。 「今日はとても楽しかったです。わたし、一弥さんとデートができて、本当によかった」 「渚……」  少し驚いたような表情の一弥に笑顔を返す。
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