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一弥との関係がどうなるのか、今後のことははっきりとはわからない。お互いの立場も境遇も違いすぎるし、うまく付き合えるかどうか保証もない。それでも、今日こうして彼と一緒に過ごせて本当によかったと、渚は心から思った。
「そろそろ水族館に戻りましょうか。一弥さん、夜のショーも見たいって言ってましたよね」
泣いたあとの顔を見られるのが恥ずかしくなってきた。さりげなく一弥から顔を背け、車の扉に手をかけたときだった。
一弥の手が渚の後頭部に回った。そのまま、少し強引に引き寄せられ――気がつくと、唇を奪われていた。
唇に触れる、熱くてやわらかい感触。わたし、一弥さんとキスしてる。そう気づくのに、かなり時間がかかった。渚が放心しているあいだに一弥は一度唇を離し、角度を変えてもう一度重ねてきた。一弥の唇が渚のそれをそっと啄んだかと思うと、名残惜しそうに離れていく。
「一弥さ……あっ」
言い終わらないうちに、一弥にぎゅっと抱き寄せられる。抱き寄せる、というよりも自分の胸に渚の頭を押しつけていると言ったほうが近い感じだった。まるで、渚の視線を避けているかのようだ。
「おまえが悪いんだ」
「え……?」
「今日はこんなことをするつもりはなかった。それなのに、おまえがかわいいから、抑えがきかなくなった。おまえが悪い」
憤慨したようなもの言いをしつつも、決して離すまいとするように、一弥の両腕はしっかりと渚を包み込んでいる。責め立てられているのか、それともかわいがられているのか、渚はわからなくなった。
「今日はこのままおまえを送り届けて帰るつもりだったが、予定を変更する」
「え?」
「今からホテルに行く。今夜は帰さないからそのつもりでいろ」
「ほ、ホテルって……」
「今夜、おまえを抱く」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「だ、抱くって……、そのあの」
一弥は体を離すと、おたおたする渚をじっと見つめた。
「意味がわからないか? つまり、俺とセッ……」
「ち、ちょっと待ってください! それはわかります! わからないのは、どうしてこのタイミングなのかってことで……」
「決まっているだろう。俺が今すぐおまえを抱きたいからだ。他に理由なはい」
「さ、左様ですか……」
「おまえは嫌か? 俺に触れられるのは」
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