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そう聞かれて、つい先ほどのキスを思い出す。あまりに急なことで戸惑ったけれど、でも――少しも嫌ではなかった。
「いや、じゃないです……」
「そうか。なら行こう」
「でっ、でも!」
「なんだ。まだ何か懸念があるのか」
「懸念というか、まさかそんなことになると思っていなかったので……その、なんというか……」
「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え」
「いや、その……普通の下着を履いてきてしまいました」
「普通でない下着とはなんだ」
「それは、わたしにもわからないですけど」
「ならいいだろう」
「で、でもあんまりかわいくないんです」
「かまわない。下着はどうでもいい。俺は中身にしか興味はない」
「そ、そうですか……」
「そうだ」
頷いて、一弥は車のエンジンを入れる。
こうして、渚は一弥とともにホテルで夜を過ごすことになった。
「どうしよう……」
ホテルのバスルームで、渚は鏡と睨めっこを続けていた。
髪も体も丁寧に洗った。ホテルのアメニティとはいえちゃんとスキンケアもしたし、歯もきれいに磨いた。やるべきことはすべてした。それなのに。
(どうしよう、このバスルームから出る勇気がない……)
この世に生を受けてから二十六年。高校生の頃はアルバイトと勉強に明け暮れ、就職してからは仕事仕事の毎日で、渚は男性と触れ合いらしい触れ合いをしたことがない。なんとなくしないまま一生を終える気すらしていたし、そのことについて特に疑問も持っていなかったというのに。
(なのに、こんな展開、急ずぎるよ)
一弥はちょっと変わってはいるが、社会的地位も所得もある大人の男性だ。女性経験だってそれなりにあるだろう。そんな彼が、渚が処女だと知ったら引いてしまうのではないか。そう思うと、なかなか彼の前に出ていくことができなかった。
(でも、一弥さん、きっと待ってるよね……。ええい、もういいや、行こ!)
腹を括った、というよりはそれ以上考えるのが面倒になり、渚はバスルームを出た。深呼吸して、思い切って口を開く。
「あの、一弥さんにお話しないといけないことがありま……えっ」
ベッドの上の一弥が目に入った瞬間、思わず間の抜けた声が漏れた。
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