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イルカにカメにエイ、カワウソ……かわいらしいぬいぐるみがベッドの上にたくさん並んでおり、一弥はそれを眺めて何やら嬉しそうな顔をしていた。
「あの、一弥さん……?」
「うおっ、渚! し、シャワーはもう終わったのか」
(うおって言ったよ)
「はい、お待たせしてすみません。というか、あの……なんだか大きな袋を持ってるなと思ったら、水族館のショップでこんなにいっぱいぬいぐるみ買ったんですか」
「こ、これは……。そう、親戚の子どもにやるために買ったものだ。俺が好きで買ったわけではない」
「でも、遊んでましたよね。ぬいぐるみに囲まれて満足そうな顔してましたよね」
「くっ……」
渚は一弥とはじめて会った夜のことを思い出した。好きなことは何かと聞いたとき、彼は確か「ぬ……」と言いかけていなかったか。
「あの時、本当は『ぬいぐるみ』って言おうとしてたんですね。一弥さんがかわいいぬいぐるみが好きだなんて、意外です」
「いいか、俺にかわいいぬいぐるみを見れば買わずにいられない性癖があって、家にぬいぐるみ専用の部屋を持っていることは決して口外するなよ」
「いやそこまでカミングアウトしなくていいんですけど」
なんだか緊張していたのがおかしくなってきて、渚は彼の隣に座った。ベッドの上にあるイルカのぬいぐるみを手に取る。
「一弥さんって、本当に水族館が好きですよね。子どもの頃からそうだったんですか?」
「そうだな。俺が幼い頃、よく母親が連れていってくれたんだ。『たちやま水族館』にもよく行った。一歩、館内に入ると潮の匂いがして、まるで本当に海の中に来たみたいで、わくわくしたのを覚えている」
「それ、なんだかわかります。水族館って海水を使ってるから、潮の匂いがするんですよね。わたしも子どもの頃、その匂いを嗅いだら『ああ水族館に来たな』って感じがして嬉しかったの、覚えてます」
「ああ。水族館に行くと、子どもの頃のあのわくわくした気持ちを取り戻すことができる。『たちやま水族館』を傘下に入れることを決めたのも、その感覚を多くの人間に味わって欲しかったからかもしれない」
一弥がイルカのぬいぐるみを渚の手からそっと抱き上げる。いつも引き締まった表情をしている一弥だが、今はとてもやわらかく微笑んでいて、その表情を見ていたら渚も嬉しくなった。
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