2章「今夜、おまえを抱く」

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 彼の瞳に映る自分が見えるほどの距離で、そっと囁かれる。肩に手が回され、抱き寄せられた。バスローブの布地越しに一弥のしっかりとした胸板の感触がして、心臓が余計に騒がしくなる。 「教えて、くれますか……? わたしに、いろいろ」  そっと彼のバスローブを握ると、それに応えるようにより強く抱きしめられた。 「ああ。一から十まで、すべて俺が教えてやる」  力強くて、やさしいもの言いだった。その言葉を聞いて、身体中に張り詰めていた緊張が少しだけほぐれていく。 (まだ怖いけど、この人ならきっと大丈夫)  自分でも驚くくらい自然に、そう思えた。  ぬいぐるみを片付けた一弥が、ベッドサイドの照明に手を伸ばす。部屋の明かりが弱まると、二人の間の空気がより濃密になった気がした。感覚が鋭敏になっているようで、衣擦れの音や、一弥の吐息がいやに鮮明に聞こえる。  一弥の手が渚の後頭部に回った。大きな手のひらで渚の体を支えるようにして、ベッドにそっと横たえる。誰かにこんな風に丁寧に扱われるのははじめてのことで、胸が勝手に騒がしくなった。  ベッドに背中を預けた渚を、一弥が見下ろす形になる。彼は渚の瞳を見つめながら、その美しい指先でそっと渚の頬に触れた。視覚だけではなく、触れた指先からも、渚の存在を確かめようとするかのように。  一弥がそっと視線を伏せたのが合図だった。彼の唇が、渚のそれに重なる。  それはやわらかいキスだった。渚の緊張を解こうとするかのように。渚を大切に扱うと、そう宣言するかのように。  一度離れた一弥の唇が、角度を変えて再び重なる。甘く啄まれるのが心地よく、渚は勝手がわからないながらも、彼の真似をして、そっと唇を動かしてみた。すると、それを感じ取ったように、それまでよりも深く唇を重ねてくる。吸いつくようなキスに伴って水っぽい音が響き、その合間に聞こえる互いの吐息が少しずつ乱れていくのがわかる。  唇の合わせ目に、熱く湿った感触がした。それが一弥の舌の先だと知る頃には、渚の舌も彼のそれと触れ合ってしまっている。渚と同じように歯を磨いたのか、かすかにミントのような味がした。けれど、その清涼さも打ち消すほどに彼の舌は熱い。それに、それ自体が意志を持っているかのようになめらかに動いて、渚の舌に絡みついてくる。
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