1章「おまえ、俺の女になれ」

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 渚は高校生のときに、この「アクロス立山マリンパーク」の前身である「たちやま水族館」でアルバイトをはじめ、高校卒業と共に飼育員として就職した。二年前に水族館の経営権がアクロスという企業に買収され、施設名が変わったり若干の体制変更はあったものの、渚は一貫してイルカチームに所属している。イルカに魚を与えたり体調管理をしながら、平日は一日三回、週末は一日五回行われる「イルカライブ」のステージに立ち、イルカとともに観客の前でパフォーマンスするのが渚の仕事だ。  仕事は正直に言って体力勝負の激務ではあるが、そのつらさを上回るやりがいを感じている。担当しているイルカたちとは年を追うごとに信頼関係が深まるのが実感できるし、イルカたちと一緒に最高のパフォーマンスを披露して観客に喜んでもらうのが渚の何よりの生きがいだった。そうして毎日夢中で仕事をしていたら、あっという間に就職してから八年が過ぎていた。  二十六歳になった今まで、仕事のこと、イルカのことだけ考えて過ごしてきた渚にとって、この合コンの誘いはまさに晴天の霹靂だった。もちろん芹沢に合コンをセッティングしてくれるように頼んだ覚えなんてないし、彼氏がいないことを相談した覚えもない。 (芹沢さん、何考えてるんだろ。これまでわたしの私生活に口を出すようなこと、なかったのに)  頭の中を疑問だらけにしつつもシャワーを終え、仕事着であるTシャツと作業パンツ、ゴム長靴に身を包む。いつも通りの行程をこなしていると、不思議に気持ちが落ち着いてくるのを感じた。 (合コンでの振る舞い方なんてよくわからないし、てきとうにお酒飲んで帰ろう)  そんな風に頭を切り替えて仕事に戻る。トレーニングしつつイルカたちにその日の分の魚を与え、詰所で飼育日誌を書いていると定時になり、本当に芹沢が迎えに来た。  合コンの会場は小洒落た居酒屋だった。芹沢が予約したという個室に入ると、先に来ていたらしい女性たちが三人、すでに席についている。どの女性もきれいな服を着て、きちんとメイクをしていた。普段着であるパーカーにジーンズ、しかもプールに入って仕事をするためにすっぴんがスタンダードの渚は、女性陣に驚いた顔をされてしまった。 「芹沢さん。わたし、なんだか浮いてませんか」 「浮いてるね~」
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