1章「おまえ、俺の女になれ」

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「もう……! こういうの、せめて前の日に言ってくださいよ。そしたら、もっとこう、ちゃんとした格好してきたのに」 「見崎のことだから、当日にいきなり誘いでもしないと来ないでしょ。それに、ちゃんとした格好できるスキルがあるの?」 「それは……ありませんけど」 「じゃあいいじゃない。それに、見崎はそのままでいいの。きみに限ってはそういうの、たぶん必要ないから」 「え?」 「ほら、早く座りなよ。きみの席は奥だから」  言われたまま、奥の席に座る。ちらほらと男性が来て、同じように席に並んでいく。綺麗に着飾った女性たちの隣に並ぶと、渚の今の格好はよほど手抜きに見えるようで、男性陣にもやはり驚いた顔をされてしまった。 (気まずい……。いいや、芹沢さんには悪いけど、早めに切り上げて帰ろう)  そんなふうに考えていたとき、ふいに真正面の席に一人の男性が座った。  見た感じは三十歳前後だろうか。端正な顔立ちをしており、表情もきりっと引き締まっている。仕事からそのまま来たのか、髪をきちんとセットして、仕立てのよさそうな三つ揃えを着ていた。どことなく、人前に立つことに慣れている印象だ。合コンなんかに来ているというのに、少しも物怖じしたり、緊張した様子を見せない。 (若いのに、なんだか落ち着いてる人だなあ……)  つい目を奪われていると、男性も渚の視線に気づいたようで、視線がかち合う。 「あ……」  品のある雰囲気とは裏腹に、意志の強さを感じさせる、不思議な引力のあるまなざしだった。見つめていると、まるで吸い込まれていくような感じがして言葉を継げなくなる。 「全員そろったところで、乾杯しようか!」  あいさつもろくにできないでいるうちに、幹事だという芹沢が声を上げる。乾杯したあと、簡単な自己紹介をすることになった。はじめは男性陣からで、自分の名前や年齢、職業や趣味について話していく。今回は芹沢の友人を集めたとかで、年齢も職業もばらばらだった。やがて、渚の正面にいる三つ揃えの男性の番になる。 (この人はどんな人なんだろう)  そう思いながら、渚は目の前にいる男性に目を向けた。すると、まるでその視線に応えるかのように、彼は渚をまっすぐに見つめて口を開いた。 「東條(とうじょう)一弥(かずや)。歳は三十だ」
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