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「イルカのプールの中にもひとつの社会があるんだな。面白い」
「そうなんですよ! あのプールの中にも複雑な人間関係っていうか、イルカ関係があるんです。あ、このあいだなんか去年生まれたばかりのマルっていう子が変な遊びをしてて……」
イルカたちの性格の面白いところを勢いに任せて話していく。一弥は嫌がることも、呆れることもなく渚の話を聞いてくれた。それが嬉しくて、渚もまたお喋りを続けてしまう。気がつくと、他の参加者たちから渚と一弥だけが切り離されたような状態になってしまっていた。一弥もそれに気づいたのか、「おまえはイルカのことになると本当によく喋るな」と言う。
「すみません。つい喋りすぎました」
「いや、悪くない時間だった。やはりおまえは面白いな」
「え?」
「なあ、見崎渚。俺と一緒にここを出ないか」
「出るって……」
一弥が立ち上がり、きょとんとしている渚のもとに来る。温かい指先が触れたと思った次の瞬間には、一弥に手を引かれて渚も立ち上がっていた。そのまま出入り口の方へ引っ張られる。
「えっ、ちょっと、東條さん?」
「芹沢。俺とこいつは先に出る。会計は頼んだ」
慌てる渚をよそに、一弥は芹沢に紙幣を渡して個室を出ようとする。止めてくれるかと思いきや、芹沢は笑顔でそれを受け取った。
「お釣りはどうする?」
「いらない。手間賃にしろ」
「ありがと! じゃ、あとはごゆっくりー」
「ごゆっくりって、芹沢さん……」
「ほら、行くぞ」
一弥に手を引かれるまま、渚は店のあるビルを出た。
「あの、本当に出てきてしまってよかったんですか」
「ああ。もうあの場所での用は済んだ」
「済んだって……、東條さんは他の人と全然話してないんじゃ……」
言い終わらないうちに、一弥にじっと見つめられた。
「『東條さん』はやめろ。一弥でいい。おまえにはそう呼ばれたい」
「え……」
「嫌か」
「嫌、ではないんですが。男の人を名前で呼ぶのに慣れていないんです」
「気にするな。じき慣れる。俺も、渚と呼んでかまわないか」
「ど、どうぞ」
「ありがとう、渚」
妙に丁寧に言われて、なんだかくすぐったい気持ちになる。今更のように、自分の手を握る一弥のそれのあたたかさを意識してしまった。
「あの、一弥さん、手……」
「手がどうした」
「その、ずっとこの状態は恥ずかしいです」
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