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4 Englishman in N.Y.-3
サイモンが再び目を覚ました時には、太陽は中天に差し掛かりつつあった。
「お腹が空いた」
「だろうな」
Jは、ベッドの上にぞんざいに一揃いの衣服を投げて、再び街路に目を走らせた。
「それを着ろ。出掛けるぞ」
「パーカーにジーンズ?……Jの?」
「そんな訳があるか」
こてんと首を傾げるサイモンに吐き捨てるように答え、Jは童顔の高級官僚を睨めつけた。
「俺のじゃサイズが合わねぇだろうが!……近所の知合いに調達してもらった。親戚のガキが来てるって言ってな」
「ガキって……私は二十八なんだが」
「お高いスーツなんぞ着てなきゃ、その童顔なら十分に十代に見える。むしろ奴らの眼を逸すにはその方が都合がいいだろう」
瞬間、サイモンの目が見開かれた。が、Jは窓の外を凝視したまま言った。
「さっさと着替えろ。お前の貴重品やら何やらは、バッグに突っ込んである。スーツと靴は流石に無理だから、ホテルに届けさせる」
「でも……」
「早くしろ!……そんなに時間は稼げねぇんだ。五分だ。五分で着替えて、ここを出る」
「分かった」
事態を察したのか、サイモンは弾かれたようにベッドから起き上がり、ジーンズに足を突っ込んだ。
窓の下では、場違いな風体の男が数人のチンピラに取り囲まれ、因縁を付けられている。Jの見立てでは男はこの後、地下鉄の駅とは逆側の路地裏に引摺り込まれるはずだ。
「出来たよ」
サイモンの声に振り向いたJは内心、舌を巻いた。グレーのパーカー、ジーンズにスニーカーというラフな格好になると、本当に若者そのものにしか見えない。
ーーこいつは驚いたなーー
だが、軽口を叩いている暇は無い。
ワンショルダーのバッグを胸元に抱えさせ、フードを目深に被らせて、辺りを窺いながら、ドアを開け、廊下に出る。
「見張ってろ」
施錠にかかる時間はほんの一分足らずだが、それすら気を抜くことは出来ない。
「行くぞ、学生さん」
「あのねぇ……」
サイモンが言い返そうとする間に既にJの背中は廊下を走り出していた。
「早くしろ!置いてくぞ!」
「待って!」
誰もいない廊下を走り抜け、非常階段の扉を開けて、階段を駆け下りる。
サイモンがどのビルに入ったのかは、連中ははっきりとは把握していない、とJは確信していた。
ブラインド越しに確認している間に付けてきたらしい男は街路の角で辺りを見回していた。
ーーおそらくは……ーー
サイモンが一つ手前のストリートでタクシーを降りたのは間違いではなく、故意だ。車の位置が離れていれば、嵐の中を人の背中を追うのは楽ではない。
多分、幾つかの路地を曲がりながら、わざと遠回りをしてJの居るビルに滑り込んだのだ。
そして、奴らは今朝になって虱潰しに近辺のビルを当っている。Jの懇意の情報屋が買い物ついでに情報を入れてきた。
『あいつらカタギじゃないね』
そして情報屋はJにこっそり耳打ちした。
『チャイナ・タウンで見たことがあるような気がする』
ーーチャイニーズ・マフィアか?ーー
地下鉄の駅まで一気に駆け込み、Jは辺りに目を配りながら、サイモンを地下鉄に押し込んだ。外からはなるべく死角になる位置に、サイモンを他の乗客から隠すように立つ。
「何処に行くの?」
Jの肩越しに物珍しそうに車内を見ながら、サイモンが囁いた。
「SOHOだ。友達がいる。ダイナーをやってる」
「本当?もうお腹ペコペコだよ」
Jの言葉に目をキラキラさせるサイモンに、彼はまたもや重い溜め息をついた。
「フィッシュアンドチップスは期待するなよ」
「ソーセージとスクランブルエッグで十分だよ」
ニッと笑うサイモンの顔はやはりあっけらかんとして、Jはまたもや頭を抱えた。
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