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1 Old days-1
Jが『彼』と、サイモンと出会ったのはずっと昔、その時、二人はまだほんの少年だった。
その頃、Jの住む田舎町の周辺には金持ちがヴァカンスを過ごす別荘が点在していた。
Jはそんな町の外れに両親とひっそり暮らしていた。退役軍人の父は気難しく無口で、時折、雇われ仕事で家を空け、何日も帰ってこないこともあった。母は近くの別荘の下働き。
Jは近所の使い走りで小金稼ぎをして生計を助けていた。
やっとの思いで通っていた学校でも、彼は独りだった。家族は周辺の住民との付き合いもない。いきおい両親同様、Jは得体の知れないユダヤ人の子として周囲にも学校にも扱われていた。
おまけに、Jの言葉は周りの子ども達と少し違っていた。強い南部訛の子ども達の中で、Jの話す言葉はそれとは違うイントネーションや癖があった。
CNNから流れてくる発音とも異なるそれがイングランドのマンチェスター地方の訛であることを知ったのはかなり後だった。
Jの両親はイギリスからの移民だった。幼い頃に迫害を逃れて大西洋を渡った、と聞かされた。
だが、やはり周囲の冷たい視線は変わらなかった、と母親が言っていた。
辿り着いた時にはそれなりの一団だったが、時を経るにつれ、皆、南部の田舎の閉鎖的な町から都会へ去っていった、と父親は言った。
軍隊に入り、ヴェトナムに送られた父親が退役して戻ってきた時には、僅かな世帯しかおらず、それでも待っていてくれた母親と所帯を持ったのだという。
そして、祖父母も両親も故国の言葉もユダヤの慣習も頑なに守っていた。Jは物心がついた頃には言葉の違いを気にしてひどく無口になった。
当然、他の子ども達からは仲間外れにされ、苛めにも遭った。自分が異分子だと悟っていたJは可能な限り耐えた。
人より身長の伸びが早く、父親に体術を教わっていたJは、暴力で向かってくる相手には上級生にも負けることは無かった。が、そのぶん周囲とも溝が出来た。
Jが彼の姫君に会ったのは、そんな日々の続いた十歳の夏だった。
学校が休みに入り、Jはいつものようにヴァケーションで賑わう別荘の金持ち達の使い走りに精を出していた。
その日も、とある金持ちの依頼で街中に買い出しに行ったその帰りだった。
Jは、家には真っ直ぐ帰らず、彼の秘密の場所に向かった。そこはちょっとした木立と川に注ぐ瀬があり、周り木陰に隠されたが小さな洞窟の中には、Jの宝物の毛布とナイフが隠してあった。
狩猟の案内をしたJの贔屓客の金持ちにもらったのだ。客はいつも報酬をはずんでくれたが、その日は格段に機嫌が良かったのか、『ご褒美だよ』と小振りだがよく磨き上げられたハンティングナイフをくれたのだ。
Jは、洞窟の入口あたりの岩壁に寄りかかって立ち寄った客の家で母親が渡してくれた紙袋からサンドイッチを出し、口に運んだ。
母はヒステリックに怒鳴る雇主の夫人の声にビクビクしながら、勝手口でこっそり紙袋を渡しながら、頭を撫でてくれた。
パサついたパンに挟まれたハムとチーズはJの家のそれとは比べ物にならない上等な代物で、少し固くなっていたことなど気にならないくらい美味かった。
やがて喉が渇いたJは、川面へと降りていった。
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